第8話 vs竜王 その1
手の中にいる小さな命を見下ろしながら。
……肉親じゃない、川で拾った、赤の他人の子供である……。
血を分けたわけでもなければ種族も違う。その程度の存在のために、自分のこれからを決めるのは早計かもしれないが……、
拾った以上は面倒を見るし、面倒を見るなら自分の背中を見せるのが育ての親というものだ。……背中を見せるなら、逃げ続けている男の背中は見せられない。
父は見せなかった。
弱さを――絶対に。
だからこそラルゴの中で、『逃げたい』と思う存在になったのだが――。
「親父に紹介してくる……こいつはオレの息子だってな」
山の頂上だった。
普段は洞穴の奥深くで体を休めているはずの竜王は、なぜか目視しやすい山の頂上へ姿を見せており……、
その対応こそ、ラルゴの胸の内の全てを見透かされているということの証明だった。
「……親父」
ラルゴとは対照的な真っ白な竜だった。
汚れ一つ見当たらない。鱗は毛のように美しく、後ろへ流れており、体毛などないのに、まるで毛で覆われているかのようだった。
ラルゴが着地する。その地鳴りに、あらためて反応を見せた。
……白竜の目は閉じたまま……、顔だけがラルゴに向く。
顎の下の長い髭が、以前に見た時よりも長くなっている。老いた、と言うには他の部分が若々しさを保っているため、全盛期には届かなくともまだ現役なのだろう。
「ラルゴ。久しぶりに顔を見せたな。やっと、レントと共に私の後を継ぐことに決めたのか?」
「後は継がねえよ。兄貴の手伝いは……、兄貴が困っていればしなくもねえが、親父や、歴史に縛られる生き方を認めたわけじゃねえ」
「ならなぜ戻ってきた。私から逃げ続けてきた、お前が」
「逃げたくねえ理由ができたからだ。今日は話を聞いてもらいにきた……、実の息子の言葉に耳を傾けてくれることくらい、いいだろ」
真正面から拒絶されることも考えていたが、目を閉じたままの白竜が、体ごとラルゴへ向いた。……聞いてはくれるようだ。
だが、聞いてくれるだけである。認めることへ前向きだ、と考えるのはまだ早い。
「その手の中の人間か」
「ああ、赤ん坊だ。まだ赤ん坊だが、こいつは成長する。大きくなって食うためじゃねえ、オレたちの仲間として、だ。
竜だけの視点じゃあ、歴史は古いまま続いていくことになる。世界の進化についていけないだろ……、だから人間の視点を入れるのは、悪いことではないはずだ。
環境が人格を作るって言いたいんだろ? オレらと暮らせば竜の価値観が植え付けられる、と……だけど本当にそうか? 人間が竜と共に暮らせば、竜の価値観『も』持った人間の視点が、竜を変えてくれる変化のきっかけになってくれるんじゃねえか――」
「変化を求めてどうする。これまで続いた歴史には、続いた理由がある。
この流れが竜にとって最善であるからこそ、誰も変えたがらなかった風習であり、生活だ」
「違う。変えたがらなかったんじゃない、変える勇気もきっかけもなかっただけだろ。
王族が革命を、上から押さえつけてきたからだ」
「当然だ、内外問わず、敵を殲滅するのが王族の使命だ」
「……敵を排除し、進展を受け入れなかったからこそ、オレたちは未だにこんな山の頂上に『追いやられて』いるんじゃないのか?」
「古くから私たちは山と谷で暮らしてきた……、ここが最も竜が生活するには最適だからだ」
「なら――なぜ人間に変化することができるんだ?
人間が作り上げた歴史に順応するためじゃないのか? 他の生物には変化できないのに、人間ならできる理由を、もっと考えた方がいいだろうが……!」
「人間が作り上げた村、町に、私たちは身分を偽り、住めと言うのか?
力、知能を犠牲に、人間に支配されるメリットが私たちにあると言うのか?」
「支配される必要はねえ。支配することもねえだろ……、なぜ手を取り合うことができない。
人間にできないことをオレたちが、オレたちにないものを人間から吸収すればいいだけの話だろうが」
「人間から奪うことは容易い。
私たちには力がある……、回りくどく手を取り合う必要はないと思うが」
「奪えばそこ止まりだ。手を取り合い、吸収すれば、人間はさらに進化していく。その進化を、オレたちは吸収することができるんだぞ?
殲滅にメリットはないんだ……、今すぐ人間と手を組めと言っているわけじゃない。親父じゃなく、兄貴や、さらに下の世代が助かるかもしれない……。選択肢を増やすことは悪いことなのか? ……人間との繋がりを作っておくのは、無駄にはならないはずだ――。
だからオレはこのガキを育てて、竜と人間を繋ぐための、」
もういい、と、強めの言葉がラルゴを止めた。
「それが建前か」
「……なんだと?」
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