第4話 母親竜の邪推
「リグ、居心地はどうだ――って、寝てやがる」
すやすやと。
ピュウがいなくなって泣くかと思ったが、隙を見て寝始めた。環境の差に戸惑うことも、母親(……ではないが)が急にいなくなって不安になることもない……。最初の大泣きが嘘だったように、リグヘットは想像しているよりも強かな赤ん坊なのかもしれない。
「ちょうどいいな……少し目を離しても問題ねえか」
切株の上にバスケットと、リグヘットを置いて……振り向いた。
一応、これからは父親役である……彼はリグヘットに向けて名乗った。
「ラルゴだ、よろしく頼む、リグ」
背中を見ていろ、と言うつもりはないが、見せられるとしたらそれだけだ。
――周囲の木の上に立つ、大量の猿たちが……リグヘットを狙っている。
ラルゴに怯えないのは、人間であると勘違いしているからか。
「怪我しても知らねえぞ、お前ら……。
オレはそこの木材が欲しいんだ、巻き込まれても謝らねえからな?」
竜の領地へ戻ったピュウは、外泊の許可……とは言いながらも、どうせ父親に『ダメだ』と言われても勝手に外泊をする気でいた。
幼馴染のラルゴが心配だから面倒を見る、とでも言えば、家族は納得してくれる……。実際はリグヘットの面倒を見るためだが、似たようなものだろう。
リグヘットよりも、ラルゴの面倒を見る方がまだ大変だ。
「赤ちゃんの育て方? なによピュウ、いつの間に身ごもったの? おめでとう。ラルゴにもおめでとうと伝えておいてね」
「違うから! あとどうして相手がラルゴになってるのよ!」
「違うの? でもあなた、ラルゴ以外との子を産む気はないでしょ?」
「それはもちろ――って、なに言わせるの!?」
数頭の竜に囲まれた人型のピュウが、顔を真っ赤にして否定する。
……竜の領地なので、当然、周囲には竜しかいないのだが……、
ピュウは竜の姿ではなく、人型のまま生活している。
彼女だけ、ではないが、やはり『元の姿』の方が楽なのは当然だ。
人型の姿になるのは細かい作業をする時など……使いどころは限定される。
人型を維持するのは疲れるのだ。
常に気を張っている状態を好んでするのは、物好きか、修行をしたい者くらいだろう。
そうでなければ、竜の姿が『嫌い』か、だ……。ラルゴが指摘した通り、彼女にとって竜の姿はコンプレックスである。
女の子なのに領地内で最も大きな体なのが嫌だった……だから人型は幼い姿なのだろう。
十代後半の姿なのは、ピュウにとって救いになった。
運が良かった、と言える。人型の姿は自由自在に操作できるわけではないのだ……、血液型のようなもので、変えることはできない。
それこそ竜の姿にある『大きい』のように、人型の『幼い』をコンプレックスに持つ竜だって中にはいるもので……、
ピュウにとって『幼い』がコンプレックスにならなかったのは救済になった。
『大きい』と『幼い』が二重苦になれば、逃げ道がなくなる……。
ただ、そうなれば第三の道を探していたのだろうが。
くすくす、と上から笑われている(バカにされているわけではなく)ことに気づいたピュウが、女性として何年も先輩である『母親役』の竜たちにあらためて聞いた。
「後学のために、なの。子育てのことをまったく知らないより、知っている方がいいでしょ。相手がラルゴかどうかはともかく……。わたしだって子供を産むとは思うし……、ふと興味が出ただけ。この熱を冷まさない内に、早く教えて!」
「はいはい。ただ、ねえ……子育てのことを教えてと言われても……特別なことをしているわけじゃないし。あらためて『教えて』と言われると難しいわねえ」
「反射的なものだもの。子供が困っているから、どうにかして喜ばせてあげる……それくらいにざっくりしているものよ?
子供によって違うんだから、あなたが今知っている知識と大差ないと思うけど。私たちがここで教えても、ピュウの子供に当てはまるわけではないから――よその意見よりも本で学んだ方が早いかも」
母親竜の足下で、幼い竜が退屈そうに寝転がっている。
ごろごろと転がり、母親の足を噛んで、『構って』と甘えているようだ。
「はいはい、遊んであげるから……、
ごめんなさいね、ピュウ。先輩としてアドバイスができなくて」
「え? ううん、大丈夫……、子育てって、もっと難しいものだと思ってたけど……結構、行き当たりばったりなんだなーって、思って……」
「難しいわよ? でも楽しい。楽しめなくてもやらなくちゃいけないの。これからずっと、一生……、その覚悟は持っておいた方がいいわよ。
先輩としてアドバイス……よりは、なんだか脅しみたいになっちゃったけど……」
「……でも、それが命を産むってことだもんね……」
「そういうことよ。ラルゴにも忠告しておいてね。
手を出すなら一生、面倒を見る覚悟を決めてからにしなさいって。あいつのことだから、ピュウが『嫌だ』って言わなかったら、無責任に最後までしそうなのよねえ……」
「うん、伝えておく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます