病室の美少女

 リートの部屋にお邪魔した次の日、カレンダー上では土曜日に当たる日だった。

 ああ、そういえば今日休日だったな、とか思ったのは、目が覚めて二分くらいしてからだった。

 最近少し、曜日感覚がなくなっていた。

 ベッドから起き上がる気力はまだ湧かない。


「……」


 枕元に置いてあったスマホで時計を確認すると、時刻は午前六時四十分だった。

 目覚ましも何もセットしていないのに、なんとなく眠りが浅くなってそのまま目が覚めたんだ。こういう時って、不思議と二度寝が出来ないもんだ。

 カーテンからは、日差しが差し込みはじめていた。


――ポチ、ポチ、ポチ。


 ベッドに入ったまま、スマホをいじってみる。

 そういえば、昨日リートにお節介を焼いたついでに、俺までゲームのオープンチャットに参加登録する事になったんだよな……。


 ふと気になって、確認してみる。


「 更新通知:6件 」


 たぶん誰かしらが募集していて、誰かしらの参加を待っているんだろう。

 今日はアルバイトもないし、久しぶりに完全オフだった。

 何をするのも自由。

 このオープンチャットの募集に乗るもよし、乗らないもよし。

 こういう完全オフの日の朝ほど、清々しいものはない。

 正直このシチュエーションのまま、時空が停止してほしい。

 そんな事を考えていた。


――ピコンッ。


「ん……?」

 何かの通知音がして、そのままスマホの画面を見る。


「 更新通知:7件 」

「……」


 中を開いて確認してみると、7件のうち最新の通知は、まさかのリートのチャットだった!


「……」


 黙々とその内容を確認してみる。


「 初心者です。だれか仲良く遊んでください。部屋番号xxxx 鍵 0909:byリットル」


 へぇ~。

 リートの奴頑張ってるんだな。

 そんな事を思って眺めていた。

 ちなみに「リットル」というのは、リートのオープンチャットでのハンドルネールだ。

 俺が昨日、適当につけて登録した。割と気に入ってる、俺は。リートが気に入ってるかは知らない。

 ちなみに、ゲーム内のプレイヤー名はリットルじゃないと思う。登録の時、俺はそこまで気を回してないからな。


「そういえば……」


 そういえば、リートの件はともかく、現在入院中の姉・カノンは今頃どうしているんだろうか。

 少しくらい見舞いにでも行ってみるか?

 俺はそんな事を考えていた。

 さすがにまだ六時じゃ早すぎるか。

 布団の中にあった元々の自分の温もりを頼りにして、俺は少しずつ睡魔に襲われていたのかもしれない。

 なんとなく、今なら自分が頭の中で考えたままを、そのまま夢として見られそうな気がしていた。


「……」


 目を閉じると、俺は学校の屋上にいるシチュエーションの夢をみた。

 月野からノートを借りて、また俺は小説を読んでいた。

 受け取って、中を読んで、読み終わって、そしてノートを返した。

 ノートを返した時、なぜか月野の目には涙が浮かんでいた。

 俺が何か言ったらしいのだが、俺は自分の言葉を聞き取れなかった。

 泣いた月野を見て、その場にいた俺は安心したような気持ちになっていた。

 つまりこれは、良い方向へ進んだってことか?

 よくわからんな。


 けど、夢なんて物は、大体よくわからない理由やシチュエーションを、よくわからないままにして、そのまま進んでしまうものだと思う。

 そこに違和感とか、疑いみたいなものはないんだよな。


「 先輩、料理なんですよ 」


 え? 料理?

 料理ってなんだ突然……。

 なぜか、夢の中の月野に、料理がどうとか言われたんだ。

 他にも前後で会話の流れがあったのだろうが、それもよく聞き取れなかった。

 モザイクがかかったみたいに、だんだん月野の輪郭すらぼやけていった。

 月野は一体何が言いたかったんだ……?


「……」 


 ぱちっと目が目覚めた。

 薄っすらと眠っていたらしい。

 時計を見ると、時刻は午前十時を過ぎていた。

 もう三時間以上も寝ていたのか。全然そんなに寝た気がしなかったんだけどな。


――――――――――


 自転車を漕いで、大体二十分くらいたっていた。

 自転車の速度に合わせて過ぎ去っていく周囲の空気は、もうそろそろ冬の訪れを感じさせるくらいの気温になっていたと思う。

 たぶん、今俺の鼻は少し赤くなっている事だ。


 はぁ、と息を切らせて顔をあげると、進行方向に大きな病院が見えてくる。

 あの建物の一室に、俺のクラスメイト、カノン・ウィリアムズの病室がある。

 現在、腕を骨折して入院中。学校も休んでいる。

 金髪のイギリス系ハーフ美少女。記号的少女の皮を被った血統書付きボルゾイがあそこにな。


 病院の受付で、カノンのお見舞いに来た事を伝えると、すぐに病室の場所を教えてもらえた。


 エントランスに入ってすぐの待合室には、たくさんのお年寄りがいた。

 総合病院なので、色んな病状の人がいるのだろう。

 皆どこかしらを悪くした人達か、その身寄りの人達なんだよなと思った。

 そう思いながら、病院のエレベーターに乗り込んだ。

 たぶん、あの人達の中には、もうすぐ身内が亡くなってしまう人もいるんだよな。

 そんな事を思うと、人が死んでしまう理由なんて、山のようにある気がしてたまらない気持ちだった。

 生まれる理由に対して、死んでしまう理由って、なんでこんな比較にならないくらい多いんだろな。


 エレベーターが四階に到着すると、俺は受付で聞いていた部屋の番号を探した。

 この階は、なんだか「濃いな」と感じた。

 誰でも一度は感じたことがあると思うが、病院独特の、あのもやもやっとした気だるい空気のことだ。あの空気が、ここはやたら「濃い」ような気がした。


 目的の病室を見つけ、重たい扉をゆっくり開けると、そこにはやっぱり、爆撃のように明るい金髪の女の子がベッドに横たわっていた。


「あれ? 木下くん?」


 病衣姿のカノンを、俺はいつぶりに見たんだろうな。

 手入れの行き届いた長い金髪。綺麗な緑色の瞳。控えめに色白な肌。ほっそりとしつつも健康的な手足。やっぱりカノンのビジュアルは段違いだな。


「ああ、木下くんだ。こんにちは」

「こ、こんにちはw 何その挨拶w」

「ユーモラスだろ? 最近ユーモラスを覚えたんだ」

「どういう事……?w」


 ふふっ、と笑みを含めながら、カノンはしゃべっていた。


「深い意味はない」


 思ったよりもカノンはずっと元気そうだった。


「突然お見舞いに来たけど、邪魔だった?」

「ううん。丁度区切りよかったとこだし」


 そう言って、カノンは手に持っていた本を俺に見せた。


「読書してたのか」

「うん。退屈だからね、病院は」


 カノンは個室のベッドで寝ていた。

 大部屋なら、隣に話し相手ぐらいいたかもしれない。

 いや、こいつなら相手次第でずっと読書してるかもしれないがw


「最近、学校で何か変わったことあった?」

「え? いや、特に何もないぞ」


 やっぱり学校の事が気になるのかもしれない。


「他に、誰かお見舞いにきたのか?」

「来たよー? 色んな人が。木下くんでもう八人目だね」

「へぇー。結構来てたんだな」


 カノンすごい人気者なんだな。

 俺が入院中だったとしても、そんな数は来ないと思う。

 ていうか下手すると一人も来ないまであるわ。


「ねぇ、木下くん」

「なんだよ」


「なんでもっと早く来てくれないのかな?」


「え、なんで早く来ないとダメなんだよ?」


「はぁ~……。やっぱり木下くんは、コミュニケーションが下手だね。そんな事言われると、私傷付いちゃうなぁ」


 カノンは、またいつか言っていたような、聞き覚えのあるセリフを言った。

 カノンが口にする「傷付いちゃうなぁ」は、正直信用できないもんだと思ってる。

 なぜなら、本当に傷付いた奴は、それを言いながらニヤリと笑ったりはしないもんだから。


「別にいいだろ。ちゃんと今来てるし。早いか遅いかが、そんなに重要か?」


「重要だよ、割と」


「なんで?」


「なんでって……」


カノンは、一度セリフを言い淀んだかと思うと、改めて続けた。


「私、たぶん木下くんの事が好きなんだよね」


「え……?」


 カノンの言った言葉が、一瞬俺には理解できなかった。

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