痛い部屋で
その日の放課後、喫茶店「ウィリアム」に学校の宿題を届けにいくと、リートがまたしても俺をゲームに誘ってきた。
「今日はゲームできる?」
「ああ。やるか。そんな遅くまで居られないけどな」
「やった! じゃあ着替えるから待ってて!」
今日は一緒に遊んでやれる。それがわかると、リートは無邪気にも両手を合わせながら喜んだ。それからすぐ、店の奥のほうへ着替えにいってしまった。
くそ。やっぱり可愛いなあいつ……。
特徴的なそのブロンド髪を揺らしていったこの妹さんも、なんやかんや遊びたいお年頃なんだろうな。前回の俺の勝ち逃げがまだ少し心残りなのかもしれん。
その後、リートはまたしても店番をお母さまと交代すると、俺を部屋へ案内した。
たぶん、リートが俺と遊ぶ事を喜んでいるのは、ナチュラルに店番をサボれるからなんじゃないか? たぶんていうか絶対そうだろ。
俺はそう思っていた。
案内されたリートの部屋は、相変わらず痛部屋だった。
改めて思うが、よくこれだけフィギュアやら何やら集められるよな。
俺も集めていたが、ここまで所せましと集めて飾れるのは、一種の才能だと思う。
引きこもりの割には、よく趣味にこれだけお金をはたけるもんだと関心さえする。
「今日はアクションゲームをするよ!」
「お? なんだ、今日は対戦ゲームじゃないのか?」
「こっちのほうが、私得意だもん!」
なるほど。
前回のFPSの対戦ゲームは、あくまで得意じゃなかったと。
そう言いたいらしい。
自分が得意なゲームで俺を負かそうっていう腹黒い魂胆か。
どうなんだそれは。
こしゃくだな?
「よーし、始めるよ! はい、コントローラー」
部屋着に着替えたリートは、それはそれは可愛らしい姿だった。
パジャマというわけじゃないんだろうが、パステルグリーンと白の二色しましま模様のスウェット姿で、非常にゆるそうなラフスタイルだった。
俺はリートからゲームのコントローラを受け取ると、はぁ、とやややる気の出ない様子を露わにして、ゲーム画面を見た。
一応、これでも俺男の子なんですけどね。
そんなラフな、男の子をドキドキさせるような格好はいけないと思うんですけど。
そんな思いを隣に座るこいつに抱きつつ、ゲームはスタートした。
ゲームは画面が横に二分割されており、俺とリート、それぞれのプレイヤーキャラの視点が映されていた。
キャラの背中越しに視点が見えている、いわゆるTPSと呼ばれるタイプのアクションゲームだった。
ゲーム内には、敵のモンスターがうようよとしている。
「おい、リート、そっちのエリアに行けば小型モンスターいるから、素材取っといたほうがいいぞ」
「いいの! 私はこっちのでっかいの狩る!」
「おおっ。意外と血の気多いよな、リート」
「血の気多いのはこいつらだよ! ほら、ぶしゃああっと血液が! あははは!」
リートが、モンスターを思いきり剣で切りつける。(※ゲーム内)
リートの言う「でっかいの」は、メインの狩猟モンスターじゃないモンスターだった。
「そいつ大人しい草食系モンスなんだから、あんまりいじめるなよw お前、通り魔じゃねぇかw」
「アサシンのリートと呼んでください、フッフッフ……」
「あ、アサシンのリートさん、向こうから大型モンスター来てますけど」
「アサシンのリートは小型専門なんで、そっちは任せた!」
「寄生根性丸出しか」
「えー、もう一頭のほうも狩らないといけないでしょ? 分担よ分担」
「もう一頭は小型だし、そこまで暴れないタイプのやつだろw」
「同時並行で効率的でしょ♪」
明らかに俺のほうが負荷が大きいんだが。
あと協力プレイの意味な。
「ところでリート」
「え? 何? 今体力ギリギリ過ぎてやばいんだけど、何?」
なんで小型モンス相手で体力ギリギリなんだよ。
「ああ、瀕死のところ悪いな。リート、お前ってなんで引きこもりなんだ?」
「え……? あ、やばっ! ああー‼」
「あw あーあw」
俺が遠慮せず質問したタイミングで、リートは敵から追撃をもらい、ライフがゼロになってしまった。
「もう! 木下が変なところで話しかけるから! そのせいで死んだんだけど⁉」
これは瀕死だったリートが悪い。
「死ぬほうに責任がある」
「もう~!」
くたばった画面のまま、リートは口を尖らせていた。
「それで、質問の答えだけど、どうしてなんだ?」
「……」
俺の質問に、リートは数分黙っていた。
カチャカチャと、俺がコントローラーをいじる音だけが部屋に響いていた。
どうして引きこもりになったのかなんて、もちろん話したくない理由なのはわかっている。
その理由は、カノンや自分の母親にさえ話していないかもしれないしな。
「考えが合わない」
「え?」
突然、リートの発したその言葉で沈黙はやぶられた。
コントローラーを握り、ゲームをそのまま続けていた俺だったが、ちゃんとその言葉は聞こえていた。
「考えが合わないって感じなの」
「それは他の同級生たちとって事か?」
「うん……」
「どういう部分で、考え方が合わないんだ?」
「……私は、アニメとかゲームとか、そういうの、楽しんだほうがいいって思うんだよね」
リートは真剣な表情でそんな事を言っていた。
「え? 他の子達は楽しんでないのか?」
「ううん。……楽しんでないわけじゃないと思うの」
「じゃあなんで楽しんだほうがいいって話になるんだよ」
「皆ね、私がそういう趣味の話をすると、引いてっちゃうみたいなんだよ……。私が熱すぎるって感じで、よくわかんないのかもだけど……」
「熱すぎる、かぁ……」
そう言われて、俺は確かにそうかもしれないと思っていた。
リートの部屋にいればわかるが、リートのオタクカルチャーへの「愛」は、なかなかに強烈なものだった。
一つの作品から派生した諸々のグッズは、できるだけ集めているんだろう。
その愛は、この部屋のいたる所からひしひしと伝わってくる。
愛がほとばしってやがる。
「俺も、お前の傾倒っぷりはなかなかだと思ってるぞ」
「やっぱりそうなの? ……私って変なのかな……」
リートはしゅんとしていた。
自分の愛が強すぎるんだという事に、多少なりとも自覚があるらしい。
「変だな」
「ううっ……。木下って、ストレートに言う人だよね……わかってたけど」
「でも気にしても仕方ない部分だと思うけどな、それは」
「え?」
よしっ、モンスター倒して、ゲームはクリアした。
「以前、召喚少女の事を熱く語っていた田辺ってやつがいたんだよ」
「! ……前に聞いた名前」
「ああ。少し言ったよな。あいつは、召喚少女が好きだった。でも、少し変わってるやつだった」
少しっていうか、かなり。
「変わってるって?」
「色んな意味で変わってる奴だったんだが、あいつは召喚少女の本編が好きというよりは、補完作業が好きって感じの奴だったんだよ」
たぶんあれは補完作業で合ってるよな……?
俺は自分でそう受け取っていた。だからリートにも、受け取ったままを話す事にしたんだ。
「ほかん? 大事にとっておくって事?」
「違う違う。そっちの保管じゃなくて、「補完」な。足りない部分を埋める、補足とか補填とか、そういう意味のほうだ」
「ふーん……。それ、足りない部分ってなんなの?」
リートは、一体どういう事なのかよくわかっていないらしかった。
以前、喫茶店ウィリアムで、俺と田辺が話している事を少しは聞いていたと思ったんだけどな。
どうやらリートは、あの時の会話を飛び飛びでしか聞いていなくて、そこまで二次創作がどうこうといった話は、よくわかっていないらしかった。
「そうだな……。じゃあリートは、召喚少女以外に、好きなアニメ作品はあるのか?」
「もちろん! いっぱいある!」
「一番はこれだっていうのはあるか?」
「う~ん、悩むそれぇ。一番……一番っていうなら、やっぱり「ハレの雲間とケの地表」かな~? うん! 私はあれが一番好き!」
「なるほどな、ハレクモか」
「ハレの雲間とケの地表」は、二年程前にアニメ化されたものだった。
原作は少年漫画で、もうアニメ化当時でも原作の漫画は完結していたんだが、アニメ化によってまた話題になったものだった。
雲の中で生活を送る人種「クモビト」の主人公・雲井茨。
ある日、手紙の入った透明な風船が地上から飛んできて、茨がそれを雲間で見つけるところからその物語は始まった。
風船に入っていた手紙には、差出人と思われる少女・小原メイ子の、些細な日常の出来事が記されていた。手紙の返事を書きたいと考えた茨は、知り合いの風使いに頼みこみ、なんとかメイ子との文通をはじめるに至ったのだが――――。
こんな大筋のアニメだった。
俺も視聴した事があるアニメだが、雲間や地表の日常生活の作画がとても綺麗で、アニメ化の成功例としても有名になった作品だった。
主人公とヒロインの物理的な距離がかなりあったが、交換日記的な文通のその中に、どこか憎めないイチャイチャっぷりを描いていたりして、楽しませ方も見事なラブコメ系作品だったと思う。
「あれいいよな。でも、あの作品の中で、あんまり取り上げられてなかった部分とかあっただろ?」
「うーん……そう言われるとそうかも? 茨のお姉さんとか、かなり恋愛経験豊富みたいな書かれ方だったけど、その辺とかはアニメも原作も、さらっと流すくらいだったし」
「そうそう。そこだよ。そこを補完してやるんだよ」
「え? どうやって……?」
「田辺はそういう補完を、妄想で埋めてたな。他にもやり方はあるのかもしれないが」
「妄想……」
俺は、田辺が強く主張していた「妄想の余地」のことを考えていた。
「原作とかアニメで、細かく説明されてない箇所があるだろ? そういう部分を、妄想で埋めていくのが楽しいって、田辺の奴は言ってたな」
「へぇ~、そうなんだ! あ、もしかして同人誌って、そういうものなの……?」
「なんだ、リートは同人誌にあまり詳しくなかったのか?」
「うん。……年齢でダメだって、お姉ちゃんにも言われた。木下がその子と話してて、単語だけは聞いてたんだけど」
「そうか」
そういえばそうだったな。
ていうか、俺とか田辺も年齢制限物はダメなんだけどな。
リートも当然ダメかw
「まぁ、つまりそういう楽しみ方をしてる奴もいるって事だよ」
「へぇ~……。いろんな楽しみ方があるんだね」
「ああ。それこそ人の数だけあるのかもな、こういうのは」
それからまた、俺達はゲームを再開した。
田辺の事を話して、それがリートを良い方向へ転がせるのかはわからなかった。
多少は、心の闇を晴らせたんだろうか。
そのまま二時間くらい遊んでいると、次第に外が暗くなってきた。
だから俺はリートに帰る宣言をしたんだ。
「あ、悪いが今日はこの辺で帰るよ」
「もう帰るの……?」
リートよ。そんな寂しい顔をするんじゃないよ。
困るだろうが。
「帰ります」
「帰っちゃやだ……」
「困ります」
「まだ一緒にゲームしよ?」
立ち上がる俺の服の袖を引っ張って、リートはそんな事を言い出した。
悲しげな表情のまま、口を少し尖らせる。
ぐっ……。卑怯だ。そんな顔で男を見るなんて、やっぱりこいつは男たらしだ。
「帰らないで!」
「いいや帰る! このままだと俺も引きこもりにされてしまう!」
「ははw……じゃあまた遊んでね」
「ああ。また暇ができたらな」
俺は彼女の部屋を出ていった。
引きこもりの再生なんて大仕事を任されていたわけじゃないが、リートの話す素振りからして、彼女はどこか後悔しているような気がしていた。
無論、俺の思い込みかもしれないが。
家までの帰り道、俺はもし自分に引きこもりの妹がいたら、あんな風に遊んでやれるのだろうかと考えていた。
たぶん、それは難しいのかもしれない。
他人だから、家族じゃないから、こうやって今日みたいに一緒にゲームを遊べたのかもしれない。リートも、俺が家族じゃないから、変な意地や見栄を張らずにいられるのかもしれない。
そう考えると、トラブルによってそれぞれ解決しやすいポジションというものがあるんだろうなと、なんとなく俺はわかっていた気がした。
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