檻の中で話そう
翌日の昼休みも、昨日と同じように屋上へ向かった。
天気は曇り空で、どこまでも分厚い灰色の雲が続いているようだった。
屋上にいた月野は、やっぱりその日も少し恥ずかしそうな顔をして、片手にノートを持っていた。
「今日も書いてきたって顔だな」
「……」
月野は無言でうなずくだけだった。
はい、とばかりにノートを俺に差し出してくる。
俺の趣味が読書だったら、きっとこいつにはっきりした感想を言ってあげられるのに。
どうにも俺は、読書が趣味というわけじゃなかった。
そう思いつつ、俺はその日も月野のノートを開いて読むことにした。
・ ・ ・ ・ ・
檻の置かれたこの草原は、周りに建物も街灯もないので、夜になると一気に暗くなってしまうのでした。
太陽が地平線でさよならをしてしまいそうになると、だんだん辺りは暗闇に染まりだしていきました。
でも、その頃になると、檻の天井からさげられていたランプが、ぼんやりと明るくなりはじめるのです。
仕掛けはよくわからないのですが、太陽がいなくなると完全に点くようでした。
これは本当に不可思議でした。
僕が、天井の中央にさげられたそのランプを眺めていると、またしても、格子の隙間をぬって、どこからか風が吹いてきました。
夜は周りが真っ暗なので、草原なのか、あるいは何か違う地面なのか、よくわからなくなっていました。
「ぽんぽん、ぽんぽん」
「?」
遠くから「ぽんぽん」という、音のような、声のようなものが、近づいてきているのがわかりました。
けれど、辺りは真っ暗なので、僕にはよく見えませんでした。
「ぽんぽん、ぽんぽん」
音だけが近づいてきますが、まだ何も見えませんでした。
仕方ないので、僕はただ、天井のランプを眺めているしかありませんでした。
「ぽんぽん」
その音がとても近くなったなと思ったその瞬間のことでした。
なんと僕の目の前に、幽霊が現れていたのです。
「こんばんは! 夜遅くにごめんね~」
幽霊は、とてもハキハキとしゃべる人でした。
半透明で宙に浮いていて、足が無くて、幽霊然としていました。
「こんばんは」
僕はひとまず、挨拶をしてみました。
どうやら、幽霊は女の子のようです。
髪は少し短かったのですが、声のトーンやしゃべり方からして、女の子で間違いなかったのです。
「君は、なかなか可哀そうなところにいるんだね」
幽霊は、僕のことを見下しているようでした。
こんな檻の中に閉じ込められているのですから、僕は可哀そうに決まっています。
けど、とても失礼な幽霊だなと思いました。
「幽霊さんはどこから来たの?」
「私? 私は遠いところからやってきたんだよ!」
「幽霊さん、あなたはとても楽しそうなひとだね」
僕はつい、幽霊の話す雰囲気のせいで、そんな事を考えなしに口走ってしまったのでした。
「そう? でも確かに、私は毎日が楽しいよ!」
幽霊は、僕の顔を見て、にひっと笑いました。
幽霊の笑顔なんて、僕はずっと不気味で怖いと思っていましたが、実はそんなに怖くなんてなかったのです。
「なんでそんなに楽しいの?」
「実はね、私には趣味があるんだよ。二次創作っていうものなんだけどね、私はそれが大好きなんだよな!」
「あはは! 幽霊さんは本当にその、二次創作? というのが好きなんだね。とても楽しそうに話すからわかったよ。間違いなく楽しんでるんだね、きっと!」
幽霊は、とても気さくな人でした。
女の子でしたが、女性らしさはほとんどありませんでしたし、色気と言えそうなものもありませんでした。
それでも、檻の中に閉じ込められていた僕にとっては、とても楽しく話せる相手でした。
僕はずっと、幽霊は全般怖いものだとばかり思っていましたが、こんなに明るく話せる幽霊なら、とても歓迎できそうだと思いました。
暗闇の中に置かれた檻。一つのランプが照らしてくれるなかで、僕と幽霊はずっと話していました。
「幽霊さんの趣味はどんなものなの?」
「私は絵を描くのが趣味なんだよね~。学校に通ってた頃は美術部にだって入っていたし、自分で二次創作の漫画を描くくらい、絵を描くのはすごく好きなんだよ~」
「ははは! 幽霊さんは楽しい人だね。そんな幽霊さんには、悩みなんて何も無さそうだね?」
僕が唐突にそんな事を言ってしまうと、幽霊は少しだけ、その言葉に悩んでいたようでした。
「そんな事ないけどなぁー」
「そうなの? 幽霊さんにも、悩み事なんてあるんだね」
僕は、ただの興味本位で、そんな事を続けて聞いていました。
「悩みはあるよ! でも私の悩みは、君にはちょっと難しいかもしれないよ?」
僕はやっぱり、幽霊に見下されていました。
そんな幽霊の言葉に、僕は少しむかむかとしてしまいました。
「難しくなんかないよ、絶対!」
「そう? じゃあ話そうかな? 私は今、二次創作のなかでも新しいものに挑戦しようとしているんだよね」
「新しいもの?」
「そうなんだよね。昔、ある男の子に、私の創作を見せたことがあるんだけど、二次創作なんて不毛だって、その時真向から否定されちゃったことがあってね。でもやっぱり私には、二次創作を捨てる事なんて、できなかったんだ。だから私は、他の道を切り開いてみる事にしたんだよね。それが新しいものって事だよ。それに他の道を切り開くこと自体、そもそもはその男の子が道を示してくれた事なんだけど」
「そうだったんだ! 幽霊さんにも、いろんな付き合いがあるんだね」
幽霊は、健気に自分の身の上話をしてくれました。
死んでしまう前の事なのか、そうでないのか、それはわかりません。
でも、こうやって色んなことを話してくれる幽霊がいたら、檻の中にいても僕は退屈しないなと感じていました。
・ ・ ・ ・ ・
「……」
今回の月野の小説は、そこで終わっていた。
結構書き進めていたらしくて、前回の倍くらいの長さに思えた。
おそらく、まだ続きがあるんだろうなと思っていた。
読み終わった俺は、ぱたっとそのノートを閉じた。
その動作で俺が読み終わったのだと察した月野は、こっちをじっと見つめていた。
「なんだよ」
「えっと……ど、どうでしたか? 木下先輩」
月野は俺に、感想を求めていたらしかった。
「いいんじゃないか? 幽霊の話を聞いて、そこからどうなるのか、先が気になるなぁ」
「……よかったです! わ、私も、……幽霊に身の上話をさせる小説だなんて、最初はどうなのかなと思っていたので……」
月野は相変わらず、ちょっとだけ恥ずかしそうに自分の意見を口にした。
これは、月野が書いたオリジナル小説なんだよな……。
そう何度自分の中で理解しようとしても、俺には妙な引っかかりがあったんだ。
作中に出てくる幽霊が、まるで田辺のように思えてきて仕方なかったんだ。
落ち着け俺。
そう何度自分に言い聞かせても、記憶の奥深くにいたあいつの事が、思い出されてならなかった。
田辺は今、何してるんだろうな。
そんな事を考えてしまう。
あいつが転校してから数か月くらいたって、俺の受け入れがたかった妙な気持ちはひとまず落ち着いたはずだった。
それがまた、この小説によって蒸し返されていく。
田辺と話していた難問「オリジナリティ」の見出し方について話していたあの時の記憶も、当然のように俺の脳裏によみがえってきていたんだ。
「先輩、お昼食べないと、休み時間終わっちゃいますよ?」
「ああ」
俺はそれから、月野の隣で慌てて昼食を済ませた。
空は曇り空で、少しどんよりとしていて、嫌な天気だった。
分厚い雲の隙間から太陽が差したりもしていたが、一体どこを差しているのかわかったもんじゃない。
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