もじもじ
俺の質問に、月野は答えられないままでいた。
昼休みも、もういい時間だ。
「おい、そろそろ昼休みが終わるから、掃除して帰るぞ」
「……」
俺達二人は、屋上にゴミや枯れ葉が落ちていないか、一通りの確認だけをして、屋上をあとにした。
その間、終始月野は黙り込んで、質問の答えを考えていたようだった。
そして、屋上を出る時に一言だけ俺に言った。
「木下先輩は、さっきの質問の答えを知ってるんですか?」
「いや。俺も、何か創作をしたりする人間じゃねぇからな」
「……どうすればわかるようになりますか?」
月野は、その答えさえわかれば、自分の悩みが解決するとでも言いたそうな顔をしていた。
「俺達は未経験だから、その答えを持ってないんだろうな。創作の経験がある奴だけにしか、その答えはわからない事だと思うわ。何かを生み出す時の苦しみとか、喜びみたいなものはな。経験者だって、本気で取り組まなきゃその答えを持つまでには至らないんじゃないか。きっと」
俺が言ったその言葉を、月野は重く受け止めたらしい。
俺も未経験だって言ったはずなのに……。
普通こういうのって、経験者の言葉ならしっかり受け止めるべきだと思うが、未経験の奴の言葉なんて、話半分程度で聞いていればいいと思ったんだが。
「木下先輩。絶対明日、昼休みにここへ来てください。絶対に」
俺は、なぜか月野にそんな事を言われた。
絶対絶対って、なんなんだよ。
あまりに強調してくるので、なんとなく嫌な予感がしていたんだが、俺はその日から、昼休みになると足繁く屋上へ通うことになるんだ。
月野の自殺を防いだ日の放課後、帰り道で俺は自分のスマホを確認した。
カノンから返信メッセージがきていたんだ。
「 できれば木下くんが私の家まで持ってきてくれない? そしたら家族に病院まで持ってきてもらうよ 」
休学中に出たプリント等の宿題の件だった。
どうするのか尋ねていたわけだが、カノンはどうやら、入院中だろうと宿題は済ませておきたいらしい。
真面目な奴だな。
「 療養中は勉強しなくていいんじゃないか? そこまで言うなら一応プリントは家まで届けるけど。ただもう学校出ちゃったから、届けるのは明日だな 」
許せカノン。
明日はしっかり先生から受け取って届けるから。
だから今日は勘弁してくれ。
そしてカノンから、サクッと返信が送られてくる。
「 木下くんらしいね 」
どの部分を「らしい」と言ってるんだろうな……。
翌日の昼休み、俺は例によって屋上へやってきていた。
屋上の出入り口の扉を開けると、その扉の近くに月野が立っていた。
今日も色白で、今日も髪が長かった。
ただ表情は昨日と変わっていて、少し赤くなっているようだった。
「木下先輩。ちゃんと来てくれたんですね」
「お前が来いって言ったんだろ?」
「いえ。先輩はサボるんじゃないかなと思ったんです。なんとなく」
「一体何がそこまで俺のイメージを下げたんだ……」
「それより、これ、読んでほしくて持って来たんです」
「ん……?」
月野は、一冊のノートを俺に渡してきた。
「なんだよ」
そう言いながら、俺はそのノートを受け取った。
ノートの表紙には、特に内容を示すような言葉は書いてなかった。
ただ無造作に「月野」と、名前だけが書いてあったんだ。
「……」
何も言わず、俺はノートを開いてみた。
ノートの内容は、どうやら月野の自作小説のようだった。
わかりやすいな。早速書いてきたのか。
・ ・ ・ ・ ・
ある日、僕は目覚めました。
どうして目が覚めたのかもよくわかりませんが、「ここ」で目覚める事は、いたって自然なことのように感じていました。
僕は、ただ広く広く、どこまでも続く草原の上にいました。
少しだけおかしいなと感じる事があるとすれば、草原の上にポンと置かれた謎の檻の中に、僕がいるという事だけでした。
檻の中に僕はいましたが、ここまで周囲が開放的なので、いろいろな方向からそよ風が檻の中へ入ってくるのでした。
果てしなく草原は続いていました。
それは、檻の格子越しに見ていてわかる事でした。
草原は、太陽をぶらさげた青空のもとにありました。
北も南も、東も西も、ずっと遠くまで草原が続くので、周りに人の気配はないように感じられていました。
檻の中はほどよく狭い空間でした。
四畳半? その正確な広さはわかりませんが、僕が横になって寝そべったくらいでは、手も足も周囲の格子にはぶつからないのです。
しかし困りました。
自由を拘束されていながらに、僕は自由であるような気がしていたのです。
人影が一切ないこの空間は、きっと夢なのだろうとも思いました。
檻の中にいる事に、僕は少なくない謎を感じました。ですがちょっとすると、僕の頭の中にあったはずのその謎は、もう消えてなくなってしまうのでした。
草原の上に設置されたよくわからない檻の中で、僕が静かに目を覚ますことは、なんだかとても当たり前の事のように思われました。
周囲に人がいない事も、動物がいない事も、木々がない事も、当たり前の事のようでした。
夢だから仕方ない。そうした思いもありましたが、あまり夢を夢だと強く理解してしまうと、あっという間に夢が溶けだして消えてしまうので、強く理解しないようにしていました。
・ ・ ・ ・ ・
「これ、月野が自分で書いたんだよな……?」
俺はそのノートに書かれてあった小説を読んでから、月野にそう聞いたんだ。
中の小説はそこで終わっていて、まだ続きを書いていないらしかった。
「……はい。私が書きました」
月野は、少し恥ずかしげに、もじもじしながらそう答えた。
月野の小説には、なんとなく読んでる人間を引きずり込むような力があるような気がしていた。
普段俺は自分で小説を読まないから、これが良いものなのか、悪いものなのか、その判断ができなかったんだけど。
それにしても、こういう突然奇妙なシチュエーションから始まる小説は、どうなんだろう?
つかみとしては面白そうだが、後が続かないような、そんな気がする。
「たぶんこの小説は、面白くないと思う」
「……そうですか」
「たぶんな。俺は書いてる人間じゃないから、書いてる側の気持ちを汲んだうえでの感想なんて言ってやれないんだよ」
「……確かに」
そりゃそうだろ。
これが辛口に思えるなら、他の人に読ませるんだ月野。
「けど、ありがとうございました」
「え?」
「色々悩んで、書いて、消して、書いて、消してを繰り返してたんです私。小説って、思ったよりも前に書き進められないものなんですね……。初めてお兄ちゃんの気持ちが、少しだけ理解できたような気がしています」
「まだ全然書いてないけどなw」
「ふふっ。確かにそうですね。まだまだ少ないですけど、これから書いていこうと思ってます。小説書くのって、疲れますけど楽しいですね」
そう言って、月野は少しだけ笑っていた。
この反応は予想外だった。
俺が冷たい感想を言えば、少なくともやる気がそがれたり、読ませる相手を選び直すだろうなと考えていたんだが、結果はそうじゃなかったようだ。
その後、月野はその話の続きを屋上で書き進めていった。
途中、俺がノートを覗き見しようとすると
「きゃっ! な、なんですか木下先輩!」
顔を真っ赤に染めてそんな反応をする。
「悪かったなw」
なんだか知らないが、月野の反応のせいで俺まで妙に照れ臭くなってしまう。
なんなんだよ一体。
そんなに恥ずかしがる事ないだろ。
月野は、こんな風にかなり恥ずかしがり屋なようだった。
その割には、しょっぱなから自分の身の上話を語ってくるし、なんだかよくわからない奴だなと思っていた。
その日の放課後、俺は学校のプリントをカノン宅に届けに向かった。
この事は、一応またメッセージでカノンにも教えた。
お店に入ると、いつものようにリートがいて、店番をしていた。
「木下! 今日ゲームしてく? ゲーム?」
そんな風に平気で誘ってくる。
「いや今日バイトだから無理。はい、これ。カノンの学校で出された宿題。一応渡しておく」
「ええ~! そんなぁ。最近遊ばないじゃん……」
「ヘソを曲げるな。高校生は忙しいのだよ」
「ぶーぶー……」
そう言って、俺はカノン宅を出たあと、バイト先のカラオケ屋へ行った。
バイト先には、当然のようにサボり先輩がいた。
その日は、ただの平日というだけあってかなり客が少なかった。
平日の客が少ない日はかなり仕事が楽だった。
俺もサボり先輩を見習いたいものだな。
そう思って、暇な時間はこっそりカウンターの中で漫画でも読もうかと思っていた。
だが、すでにその場でサボっていたサボり先輩にどやされて、あえなく俺のこの悪だくみは失敗に終わったんだ。
これが俗に言う理不尽てやつか。
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