ゲーミング妹

「で、カノンからは、リートの話し相手になってほしいって言われてたんだけどさ」

「うん」

「どういう事なんだ? 話し相手って」


 俺がそう尋ねると、リートは自分の髪の毛先を指でいじりながら答えたんだ。


「木下さんは「召喚少女」のアニメ知ってるんだよね?」

「あー……多少?」

「何それw 前にお店で話してるとこ、私聞いたんだよ?」

「いや、それな、実はちょっと誤解なんだよ」

「誤解?」


「その席で一緒だった女子がいただろ?」

「女子……うん。そういえばいたかも」

「そいつがドはまりしてたんだよ」

「え~。じゃあ木下さんはそこまで詳しくないって事?」

「まぁ、あらすじくらいなら知ってるぞ。そいつ、田辺っていうんだが、田辺の話に合わせてうんうん頷くくらいは一応していたからな」

「頷くだけなら誰でもできるじゃん!w」


 どうやらリートは、召喚少女談義をしたかったらしい。


「まぁまぁ、そう落ち込むなよ。大体、リートは召喚少女が嫌いだって、カノンからそう聞いてたんだけどな。熱く語る事なんてないんじゃないのか?」

「はぁ……わかってないよ、木下さん。わかってない!」

「何がわかってないんだよ」

「私は、召喚少女のどこが嫌いなのかを熱く語りたいの!」

「え?」

「どういう風に嫌いなのか、それを熱く語る事があってもいいでしょ?」

「なるほどな……。まぁ、確かにそういうのがあってもいいかもしれないが」


 そういう事か。

 最初、カノンから話を持ち掛けられた時に、俺は妙に引っかかっていたんだ。


 俺と田辺が話しているのを聞いたから、という事で話題にあげてきた召喚少女だが、リートはそれを嫌いだという。

 それなのに、召喚少女の知識がたぶん増えるかもしれない、だなんて。

 何かおかしいと思っていたんだ。

 嫌いを語るのか。なるほどな。


「あらすじしか知らないが、それでもいいなら話は聞くぞ」


 リートは少し何か考え込んでから、つぶやくようにしてこう言った。


「……ううん、今日はもういい」


 どうやら俺の言動が、彼女の熱を奪ってしまったらしい。

 あらすじ程度じゃ特に語れないだろうと察したのかもしれない。


「そうか。じゃあもう俺はお役御免だな。帰るわ」

「え? まだ木下さんには任務が残ってるよ?」

「え? 任務?」


 そう言って、リートは俺にゲーム機のコントローラーを差し出してきた。

 はい、これ持って。とでも言いたげな動作だった。


「え、これは……何?」

「見てわかるでしょ。コントローラー」

「違う違う。なんで俺はそのコントローラーを渡されたのかって聞いてんだよ!」

「えー? そんなの、一緒にゲームするためじゃん」


 リートは、えへへっ♪と笑いながら言ってきたんだ。

 は~! 可愛い表情はやめてくれ! 帰りづらくなるだろ。

 この時、結局俺は誘惑に負けてしまったんだ。

 それから、なんだかんだで二時間くらい、二人でゲームをし続けた。


「えぇ⁉ 何それ⁉ ちょ、そこそこっ、ピンクの建物の影! そこ右ッ! あ、いや、後ろ! 後ろにも敵いるじゃん! 木下やっちゃって! 後ろ!」

「任せろ。余裕だわこんなん」


 リートを追い込んでいた敵襲。

 その敵襲を、俺が外側から一気に壊滅させていった。(※ゲーム内)

 画面内は血の海。敵を根絶やしにしてやった。

 加えて、煽り行動を連発。

 画面向こうの相手の精神をも、根こそぎ刈り取っていくスタイルでいくぞ。

 よし、これでもう二度とコントローラーを持てない体に――。(※良い子は絶対マネしないでね)


「え⁉ もう倒せてる! すごっ⁉ 何今のw」

「プレイヤーレベルが上がれば解放されるウェポンがあるんだよ。それにこのゲーム、一体俺が何千時間やってきたと思ってんだよ」


 それは、数年前からシリーズ化して、今もなお人気の高いFPS系のゲームの新作だった。

 俺はこのシリーズで、かつて戦績上位のランカーと呼ばれるくらいにまで腕を磨いていたし、何ならネット掲示板に晒された事もあるくらい、一部から嫉妬を買うほどの実力だったからな……。

 今となってはこれも黒歴史だな。

 久しぶりだったが、思う存分暴れる事ができた。満足満足。


「全滅させちゃった……うう……勝ったけど。勝ったけどぉ……! 何千時間もやってるとか聞いてないよぉ……」

「いや、一緒にやって俺達で勝ったんだからいいじゃん?」

「違う違う! そうじゃなくて、私がもっとこうバリバリ活躍して、木下引っ張ってみたかったのに~! 悔しいぃぃ! この廃人!」


 リートは膝の上に置いていた青色のクッションを、バフッバフッと叩いて拗ねているようだった。

 ホコリが舞うからやめなさい。

 それと、興奮してるのか俺の苗字も平気で呼び捨てにしていた。

 もう好きに呼んでくれ。


「いやそれにしても、結構ガッツリゲームに没頭しちゃったな」

「そうだね。ていうか、もう夜の七時じゃん!」

「外真っ暗になったな。いい加減帰るわ」

「あ! 活躍逃げか! このぉ~」


 勝ち逃げじゃなくて、活躍逃げってなんだよ。

 初めて聞いた。


「活躍逃げって……じゃあどうなれば俺は帰っていいんだ?」

「私の方が、貢献ポイント稼げるまで!」

「一生帰れねぇわ、それ」


 俺よりもたくさんキル数出したいんだろうけど、さっきのですでに5倍くらい違ったからな。


「そんな事ないから! 私が本気出せば次ので勝てるから!」


 どうやらリートはまだ本気を出していない設定らしい。

 リートはかなり熱くなっていた。

 ゲームに一生懸命なんだな。


 そんなリートを見ていると、俺はふと、過去の自分を思い出してしまうんだ。

 熱心に、ゲームにのめり込んでいた頃の俺。

 そんな記憶がありありと思い出せる。


 そうだよな。

 ゲームって、やってると楽しくて、時間も忘れちゃうようなものだったはずだよな。

 それがどうして、やってると二番煎じに思えたりとか、冷めた目で見てしまうような事になるんだろう。


「木下……?」

「なんだよ」

「いや、なんだか今、すごく寂しそうな顔してたから」

「え? ああwお前とやってると、いつまでも帰れないだろうなーこれは。って思ってなw」

「だ~か~ら~! 次で終わりだって! 次で!」


 別に、俺は早く帰る方法を知っているんだ。

 俺が手を抜けばいい。

 ただそれだけの事だ。単純明快だな。だけど……。


「いや、本当に今日はもう帰るわ。明日も学校あるし。ていうか、リートも明日学校があるんだろ? もうやめにしよう」

「……」

「リート?」


 なんだこの空気は。地雷を踏んだのか……?


「私、学校行ってない」

「え? 不登校だったのか」

「そうそれ」


 少し俯き加減になるリートに、なんて声を掛ければいいのか、俺にはよくわからなかった。だからとりあえず、返事だけしておく事にした。


「…………へぇ」

「ぷっはははは! へぇってwそれだけ?w」


 なんで俺が笑われるんだよ。


「別にそれだけ。そんなに感想ほしかったのかよ」

「いや、感想なんていいんだけど、……へぇってw」

「まぁ、不登校なら学校行かないんだろうし、お前はいいのかもしれないが、俺は学校あるからな。じゃあ今日はこのへんで帰るわ。続きはお姉ちゃんに遊んでもらえ」

「え~。お姉ちゃんやってくれないし、やっても超弱いよ?」


 カノンは散々な言われようだった。

 頑張れお姉ちゃん。超弱くても。

 俺はもう帰る。


「じゃあな」

「うーん……じゃあまたね~」


 部屋を出ていく俺に、リートは渋々といった様子で手を振っていた。

 なんだよ。寂しい顔するなよ。

 俺はカノンに言われた「ほどほどにね」の意味を、一応は俺なりに解釈していたつもりだったんだ。


 あまりゲームの腕を見せつけてもあれだし、ちょっと悔しがってはいたが、それくらいでやめとくのがちょうどいいと思う。十分楽しんだだろうと思う。


 そういえば、カノンはまだ帰ってきていなかった。

 あそこのバイトだから、たぶん夜9時までのシフトだ。まだ帰らないのは、当たり前といえば当たり前だった。

 俺は一人、夜道をゆっくりと歩いて帰っていった。

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