おたく訪問

 翌日。

 その日は朝からずっと雨が降り続いていた。


 もう放課後にはカノンの家・喫茶店「ウィリアム」に行く事が確定していたせいか、特にカノンからは何も話しかけてこなかった。

 午前中の休憩時間のうちに、一枚だけまたメモ紙を渡されたが、本当にそれきりだった。

 メモ紙にはこう書いてあった。


「 夕方、よろしくね。妹には話をつけておいた。あまり男子と話した事がない子だから、ほどほどにね 」


 一体何がほどほどに、なんだろうか?

 ほどほどにオタクカルチャーの話に付き合っていけばいい。

 そういう事か?

 真意はわからなかったが、実際に行けば話はそれまでだな。


 俺はその日、学校が終わると、カノンの言葉を信じて喫茶店へむかう事にしたんだ。

 外はまだ雨が降っていた。

 長雨ってやつだな、たぶん。


 そういえば、俺の住む県は全国でも二位、三位を争うくらいに年間の降水日数が多い県らしい。ネットニュースでそんな情報を見た覚えがある。

 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は喫茶店へむかっていた。


 喫茶店「ウィリアム」は、以前に田辺と来た時以来だったが、その頃と特に変わった様子は無さそうだった。

 差していた傘をしまってお店の中に入ってみると、店内にお客は一人もいなかった。

 カウンターの中にいた店員が、こちらに目を向ける。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの中からそう言ってきた子は、カノンの言った通りブロンドヘアの女の子だった。

 俺よりもいくらか年下なんだと思う。

 まだ少し幼さがあるように見えるが、しかしそれにしてもやはり海外の血!

 年下のはずなのに、それにしちゃ大人びて見える気がする。


 なぜなんだろうな。

 少なくとも、俺と同級生だと言われても違和感なさそうだ。

 お店の制服が落ち着いた色合いである事も、この子の大人っぽさに拍車を掛けていたような気がする。

 胸のラインはさすがに姉よりも控えめ……だがそれでも大きい。

 海外産のグレープフルーツですねこれは。


「ど、どうも」

「……もしかして、木下……さん?」

「木下ですけど」

「あ、あの……」

「?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください……」


 そう言うと、彼女は店の裏の方へと行ってしまった。

 ブロンドヘアの少女は結構緊張しているようだった。

 当たり前かもしれない。

 姉の余計なお節介か知らないが、見ず知らずの男子高校生といきなり二人で遊べと言われて、警戒心や不安感、緊張しない女子がどこにいるんだ。


 数分すると、店の奥からこれまた同じくブロンドヘアの女性が現れた。

 どうやら、カノン姉妹の母親らしかった。

 軽く会釈をすると、お母さま(※あまりにも綺麗だったからこう呼ぶわ)は微笑みながらこう言ってくれたんだ。


「カノンから話は聞いてるわ。さぁ、中へどうぞ~」


 包容力半端ない感じだった。

 お母さまに促されて、そして妹にも無言で手を引かれる形で、俺は喫茶店の奥の方へと案内されたんだ。


 どうやら、妹が店番から外れる代わりに、お母さまが店番をするらしい。そういう都合で、さっき呼んできたのだろう。

 店の奥にあった階段を上ると、二階には短い廊下が伸びていた。その廊下から各部屋へ行けるらしい。


 カノンの妹の後についていくと、ほのかにその子の香りがする。

 シャンプーの良い匂い……。

 ……はっ! 違うぞ。俺は決してなびいたりしない!

 こんな良い匂いごときで屈すると思うなよ。

 とか、なんかしょうもない心の乱れを感じながら、俺は一番奥にある彼女の部屋まで案内されたんだ。


「ここ、入って」

「ああ。……ってこれは!」


 部屋に入ると、それはそれはオタクらしい痛部屋が広がっていた。いや、広がるというか、むしろ狭まっている感じだな。キャラクターのグッズやら本棚やら。

 おーおー、よくもこんなに集めたもんだ。

 窓を塞ぐほどの特大タペストリー。棚の上に並んだフィギュアの群れ。

 

 カノンの話じゃ、アニメオタクでゲーマーだとか言っていたが、本棚にある漫画も相当な数だった。これは……なかなかになかなかだな……。


「木下さん、改めまして……。あの、お姉ちゃんから……えっと」

「ああ、はじめまして。カノンから話は聞いてるけど、本当に俺一人で来てよかったのか?」

「え、うん。大丈夫……です」


 本当に大丈夫かよ……。

 緊張が俺にまでひしひしと伝わってくるんだが。


「あのさ、敬語とか使わなくていいよ」

「いいんですか?」

「あんまり慣れてなさそうだし、普通にタメ口使っていい。俺は気にしない」

「やった。じゃあ、全然話せると思う!」


 なんか急に元気になったな。

 突然可愛くなるなよ。びっくりするだろ。


「そういえば名前はなんていうんだ? カノンからまだ名前聞いてなかったんだよな」

「リート。私はリートだよ~。木下さんはなんていうの?」

「木下逸色」

「いついろ? なんか変な名前だね!」

 お? 結構失礼な奴だ。

「変な名前で人気なんだぞ俺は」

「人気なの?wどういう事?」

「そこはあんまり深く掘り下げなくていい。冗談だし」

「あー、そうなんだ~」


 ふわ~んって感じの高濃度マイナスイオンを放つ子だな。なんかふわ~んて。

 さっきまでは、慣れない敬語を使おうとしていたから緊張していたのか?


 リートは、姉のカノンよりもずっと柔らかい雰囲気を持つ女の子だった。

 イギリス由来なのかわからんが、カノンと同じ、特徴的な緑色の瞳だった。

 その瞳はパッチリしていて、カノンよりも彫りは深くなく、どこか優しげな印象を与えてくれる。俗に言う癒し系だな。

 それが第一印象だった。

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