キャラクター記号力

「無言ってことはオッケーってことだよね」

「そういうストーカーみたいな解釈の仕方やめろよ?」

「はははっ! まあ嫌か。嫌だよね」


 カノンは爽やかに笑った。王子様みたいな笑い方だな、やっぱり。

 素敵。


「いや、いいけど」

「え? 急にどうしたの?」

「そこまでカノンがいいって言ってるなら、俺単独でもいいんだろうなって思っただけだよ。了承得てるならいいかなって思って」


「本当? 助かるよ。私じゃ全然話についていけそうになかったから。ありがとう、木下くん」


 やっぱりカノンは、妹と上手くいってないんだろう。

 俺はそう思ったんだ。


「じゃあ明日な」

「よろしく頼みます、木下くんっ」


 ふふふ、と笑みをこぼす様は、高貴なお姫様みたいだった。

 王子様かお姫様か、はっきりしてほしいと思った。


 いや、こういう白黒つけないと気が済まないような意見が、カノンの毛嫌いする「記号」に結びついているのかもしれない。


 俺達はなんでもかんでも、確定された記号を張り付けて、きっと落ち着こうとしているんだ。

「記号」なら皆知っていて、安心する。

 逆によく知らない、記号もつけられないような物には、不安感しかないのかもしれないな。


 金髪ハーフ美人が、日本生まれ日本育ちで海外移住未経験。

 おそらく言語も、日本語しかしゃべらんし、しゃべれん。


 アニメも漫画もゲームもそこまで好きじゃなくて、女性語も目立って使わないし、特にお嬢様でもない。さっぱりとした、浅漬けと陸上部のイメージを足して割ったようなその性格。


 テンプレートからはみ出したくて逆張りしまくったような奴だよな、カノン。

 でもこれが現実なんだよな、と俺は思った。


 休憩が終わり、先生がやってきて授業が始まろうとしていた。

 俺もカノンも、クラスメイトも、そのほとんどが教壇に立つ先生のほうを見ていた。



 俺は、斜め前に座るカノンの背中をチラッと見た。

 黒髪時々茶髪。その中に一人だけ、爆撃のような金色の髪。

 浮きまくってる。恐ろしくカノンは浮きまくってる。

「金髪」の記号力が強すぎるんだよな。


 この「金髪」に紐づけられた属性を、俺達は勝手に想像してたぐり寄せている。

 だから俺達は、カノンの性格や立ち振る舞いに至るまで、妄想した属性に沿って縛り付けてしまいそうになるんだ。


 そう考えると、人間て根本的にドSなのでは? とか思えてくるわ。


 あ、でも隣でまだ眠ってるそこのアホは、たたき起こしてやった方がいいと思う。

 属性とかじゃなくて、助けてやってくれ。


 山岸は悪い奴じゃないんだ。

 良い奴でもないけど。





 その日、学校が終わると、俺はバイト先のカラオケ屋へむかった。

 カノンにも教えたが、この日はバイトの出勤日だったんだ。

 外は夕暮れの秋空で、少し肌寒い空気感だった。

 少し冷たくなった指先をこすり合わせながら、俺はカラオケ屋に入った。



 受付には、やっぱりいつものサボり先輩がいた。

 平然と漫画を読んでいて、俺に気付いていないらしい。


 この人、名前を佐保凛子というのだが、まさしく名は体を表すのド直球すぎる好例で、親を表彰してあげたいと常々思っていた。



「サボさん、お疲れ様です」

「あっ、木下君おつかれー。あと私の名前、「サボ」じゃなくて「サホ」だからね!」

 熱心に読むような漫画があって、なんだか羨ましいな、とか俺は思っていた。

「あ、すみません。サホさん」


 サボり先輩はフリーターで、いつもシフトに入っている人だった。

 だから俺が行くと、いつもいる印象があったんだ。


 俺はそのまま、休憩室へとむかった。

 休憩室には、他のバイト仲間の男性が一人いた。



「お疲れ様ですー」

「あ、木下君。お疲れ様ー」

「数野さんも今日出勤だったんすねー」


 数野さんは近くの大学に通う大学生で、割と話が合う楽しい人だった。


「ああ。今日は大学授業ないから、お昼から入ってたんだよね」

「大学生って、なんか自由で良いっすよね」

「そうか?」

「そうですよ。高校生は平日に授業ない日とかないですよ……」

「まあ履修科目によるけどな、大学生も」



「そういえば数野さんて、どんな授業受けてるんですか?」


 数野さんは、鏡の前で自分の服装をチェックしながら答えてくれた。


「んー? まぁ色々あるけど、ざっくり言うと数学とかそっちの分野かなー」

「へぇ~。数野さんて意外と理系だったんすね」

「意外ってなんだよw別に理系取る奴に意外も何もないだろw」

「数学好きなんですか?」

「まぁ、そんな感じだなー」


「へぇ、じゃあ文系は好きじゃないって感じですか?」

「いやいや。そういうわけじゃないよ。むしろ俺は文系も好きだからなー」

「そうなんですか? じゃあなんで理系を」

「木下君。実はさ、理系って、文系なんだよ」

「え?」



「これは持論だけどな。理系って、数字とか記号ばっかり出てくる分野のイメージあるだろ?」


「ありますね。そういうの専門って感じしますよ。実際、高校の数学でも数字と記号ばっかりですし」



「でもさー、それって人が考えたものだよな」

「それはそうですね」


「うん。人が理論的に破綻しないものを考えて、それが使い物になれば「公式」になるわけだ。それを深く学ぶためには、「考えた奴の考え」を知るのが一番の近道だと思うんだよな。だから数学は、その意味で言えばかなり文系なんだよ」



「へぇー、そう捉えてみると面白そうっすね」


「だろ? そこが楽しいんだよ。論理の途中で理論は形になっていくんだよ。それでそれは色んなジャンルにも応用できたりするからな。理系に進むと視界がクリアになった感じするぞ。文系もクリアになるんだろうけど。興味あるなら、木下君も理系に進めば?」


「なるほど、考えておきます」


 そこで会話は終わった。

 その後、じゃあ先出るわ、と言って数野さんは休憩室を出ていった。


 俺も支度を済ませると、後を追うように休憩室を出たんだ。

 誰もいなくなった休憩室は、どことなくクリアになったんじゃないかと思った。

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