楽しめない二人

「で? 妹とはどんな感じで話せた?」


 翌日の昼休み、俺は体育館裏に呼び出されていた。

 もちろん、カノンお姉様からの呼び出しだった。

 妹と何をやっていたのか知りたいらしい。

 それにしても、人目を忍ぶとはいっても、わざわざこんな所に呼び出すなんて……。


「最初は、緊張していたと思う。それと、敬語を使い慣れてなかったから辛そうだったけど、あとは普通に話せてたと思うぞ」

「そう……。召喚少女の話で盛り上がった?」

「いや? むしろ、その話は全然しなかった」

「あ、そうなんだ……。木下くん、何時くらいまでいたの?」

「七時過ぎ」


「長い! 結構いたんだwすごいね」

「え、すごいって何が?」

「いや。なんていうか、妹とそんなに長く遊べる人いたんだって思ってね」

「カノンは妹をなんだと思ってるんだよ……」


 だが、確かに長かったな。それだけリートは、誰かと遊ぶのが久しぶりだったのかもしれない。

 俺も久しぶりだったし。

 リートはすごくゲームを楽しんでいたみたいだしな。

 我ながら良い働きした気がする。


「そういえば、リートは友達とかいないのか?同い年の子とか」

「……うん」


 それもそうか。不登校で引きこもりがちなんだろう。

 まだ家のお店を手伝っているだけいいのかもしれない。


「なんだ、そこにまた悩みでもありそうだな」

「……」


 最近、俺はカノンのある癖を知った。

 カノンは悩みを言い当てられると、視線を足元に落とすという癖があるんだ。

 この時も、ものの見事に視線を足元に落としていた。


「木下くんは、……あ、いや、やっぱりいい」

「は? なんだよ、言い掛けておいて」

「ううん。とても失礼な事を聞こうとしたから、いいんだよ」

「なんだよ」

「え……。でも失礼な事かもしれないんだよ?」

「それより言い掛けてやめられる方が気持ち悪いから、気にせず言ってくれ」

「うん。……それなら聞くけど、木下くんは、アニメとか漫画みたいな趣味を、友達とか、他の人と一緒に楽しんだ事があるのかなって思って」

「……ないな」


 そういう質問な……。

 確かに、俺に聞くのは失礼……って、この気遣い自体もなんか失礼じゃね?


「そうだよね」


 そうだよねって。

 どんどん失礼に失礼を上乗せしていく感じですか。精神攻撃うまいな。


「けど、カノンは勘違いしてると思う」

「え? 勘違い?」

「勘違いだな」

「どう間違ってるの?」

「そもそも、アニメとか漫画みたいな娯楽は、一人で楽しむ物だと思うぞ。他の誰かと楽しむっていっても、形式上無理がある娯楽だ。……ゲームみたいに、協力して行える趣味とは話が違うって言ってるんだよ」


「……形式上無理があるってどういう事? だって、漫画はともかく、アニメはテレビとかのモニターで見るものだよね? 大勢で見る事が出来ると思うんだけど」


「そりゃあ映像を垂れ流してるだけでいいならそれでいいけど、実際はストーリーを理解したくて見るわけだろ?」

「まぁ、そうだね」


「そうなると、皆で見るにしても、誰もしゃべらずに黙って見ていた方が、内容を理解するためにはいいだろ。あっちこっちで話し声とか聞こえてきたら、お話に集中できねぇわ。だから、映画館は基本おしゃべり禁止なんじゃねぇの?」


 映像コンテンツを消費する事は、確かに複数人同時でも可能は可能なんだけどな。

 ただ、集中して理解するためには、周囲が邪魔になってくる。

 俺はその考え方をカノンに説明した。


「じゃあそれらを通じて、妹が誰かと仲良くなるのは難しい……のかな」

「いや、そうでもない」

「?」

「アニメとか漫画は、見た後とか読んだ後で話題にしやすかったりするし、そこから派生するグッズでもまた盛り上がったりできるからな」


「そう……」


 今までずっと俺の方を見ていたカノンは、ふと目線を切って遠い空の方へ向けた。

 そしてそのまま、思いを馳せるような表情で言葉を続けた。


「ねぇ、木下くんはさ、そういう物を今楽しめているのかな?」

「俺の事……? 何が言いたいんだよ」


 急に質問の対象が俺になる。

 どういうつもりだよ。


「ははっ。どうなんだろうって思っただけだよ? この前、自分は現在進行形で楽しんでるわけじゃない的な事を言っていたよね。それで、きっと以前までは楽しめてたんだろうなっていうのも、木下くんの言葉の節々から読み取れるから、ひょっとして木下くんは、今そういう物を楽しめていないんじゃないかな、って思って。召喚少女じゃなくて、他のものもさ」


 カノンは、その綺麗なビジュアルで、またしても魅惑的な表情をそこに浮かべていた。

 たそがれる美人って、ずるいよな。

 この時俺はそう思ったんだ。


「それを言えば、カノンだってそうだろ。記号的に感じられるものが楽しめないっていうなら、現実に無いものは全部記号に見えるんじゃねぇのか? 魔法しかりSFみたいな高度な科学技術しかり、架空の設定とかも全部。ファンタジーは全部楽しめないって事だろ、それは」


「記号に見えるかどうかの境界線は、きっとあるんだよ。昔はそれを越えていなかったんじゃないかって、私はそう思ってる」


 どこからか吹く冷たい風に、カノンは自分の髪を優しく抑えてそう言った。


「じゃあその境界線を越えていなければ、カノンは楽しめるって事か?」

「そういう事だけど……それが、最近はその問題だけじゃないって気付いたみたいなんだよね」


「気付いた……って何に?」


「記号の境界線を越えていなくても、私は楽しめないみたいなんだよ。ほら、別に記号っぽくなくて、ただ人間味があるキャラクターっているでしょ?」


「ただ人間味がって……それって現実世界が舞台の作品って事か? スポーツ漫画とか、学園ラブコメとか……」


「そういうもの。そういった、現実世界を舞台にしたもののキャラにある人間味でさえ、所詮は錯覚なんだって思えてきたんだよね」


「錯覚?」


「錯覚だよ。キャラクターに人間味を感じているけど、実は全て、作者の描いた願望の投影でしかないんだよ。……それが形を持って、走ったり転んだりしてるだけ。これが真実だって私は思ってるよ。……こんな切り口で作品を見ちゃうと、全然楽しめなくなっちゃうでしょ?」


 カノンは、やっぱり俺と似ている部分があるらしかった。

 でもカノンはカノンで、俺とは違う視点でそこに楽しみを見出せなくなっているらしかった。


「カノンは、もう色んなコンテンツがその角度からでしか見えないのか?」


「まだ全部が全部楽しめないわけじゃないかな~。……けど、私は自分が次第にそうなっていくと思う。だってもう、チラホラそんな兆しが見えてきてるからね」


 今思えば、カノンは結構重症だったと思う。

 自分の意識がそんな風になってしまうと、もうアニメや漫画、ゲームを素直に楽しむ事は難しいんじゃないかという気がしてしまう。

 何も考えず、ただぼーっとしながら消費できるタイプのものならいけるのだろうか。


「だから、木下くんにこれを言うのは、少し悩んだんだよ」


「……どうしてだよ」


「わからないけど、もしかしたらこういう考え方って、伝染するんじゃないかっていう気がしたから」


 カノンは、どうやら、考え方を知っているか知っていないかで、作品の見え方に影響が出ると思ったのかもしれない。


 確かにそうだよな。

 俺は、カノンから話を聞くまで、キャラクターの人間味が作者の欲望の投影だったなんて、露ほども思わなかった。意図的にそういった物もあるけど、それは意図的だという事をどこかで判断していたんだ。


 けど、当然といえば当然のような気もした。

 創作物は、現実逃避や感情移入のような、自分をそこに置いて楽しむような事が、往々にして起こっているから。


 作者ご本人登場も友情出演も、言ってみれば作品のあまねくメタい表現も、作品の外側にいる人間の欲望として混ざり込んできたバイ菌だ。


 カノンにとって、それらは楽しめなくなる原因でしかなくて、作品世界に没入する事を阻害してくるんだろうなと思った。

 それは記号なんかよりも、ずっと大きな違和感を生んでいるに違いない。


「聞いただけで、すぐに意識がそう変わるとは限らんけどな」


「ははっ。それなら良いね。木下くんに話して後悔するかもしれないと悩んでいたのは、そういう懸念があったからなんだよ」


「余計な心配だったな」


 そんな事まで考えてもらえる義理もないと思うんだが。

 もしかして、妹と遊んでやった事が義理になっているのか?

 やっぱり貸しに思われてるのか?


「そろそろ昼休み終わるな。教室に戻ろう」

「うん。そうだね」


 俺達は少し時間をずらして、教室へと戻ることにした。

 一緒に戻ったら、また山岸辺りに何か言われるかもしれないしな。

 俺は、教室へ戻る途中も考えていた。

 キャラの人間味が、作者の願望の投影だという話だ。


 カノンの言う事も、わかる気がする。

 田辺があんな同人誌を描いていたという事は、つまりそういう事だ。

 実は田辺が言っていた「熱き魂の叫び」は、欲望の事なのかもしれない。そうすれば、カノンの話と合致する。ここまで綺麗に腑に落ちる事もないな。


 ただ、俺はそれが正しいのかはわからなかったんだ。

 二次創作は確かに作者の欲望かもしれない。しかし、一般の一次創作は、果たしてそうなのか?

 むしろ俺は、どちらかというと、俺達消費する側の欲望を映し出す鏡なんじゃないかと思っていたんだ。

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