記号的女子

 それから数か月がたった。

 秋だった。

 空気がしっとりしだしていた。


 季節外れにやってきたのは、記号的な外見の女子だったんだ。


 前にも少し書いたけど、俺は新しいアルバイトの奴と全然顔を合わせる機会がなかった。

 それは数か月経ってもそうだった。

 本当すごい偶然なんだと思っていた。


 シフト表に書かれていた「カノン」という名前だけがわかっていて、一体どんな奴なのかわからなかった。

 バイト仲間に聞いても


「えー、どんな子? どんな子っていうか……外国の人?」

「テレビにいそうなハーフタレント的な?」

「流暢な日本語話す、見た目海外の女の子ですよ」


 なんて反応が返ってくるだけだ。

 それからもバイト仲間に詳しく聞いていった。


 名前は、カノン・ウィリアムズ。

 イギリス人と日本人のハーフらしい。

 年齢は俺と同い年らしいが、何か事情があって、学校には行っていないという事だった。

 金髪で、ハーフらしい端正な顔立ち。

 胸が大きく、雰囲気からして十七、八にはとても見えないという話だった。


 なんだそれ。

 本当にそんな記号的なハーフイギリス美人がいるのかと思ったんだ。

 そもそも俺は、ハーフの人に会った事もなかったからな。

 今まで英語の先生も日本人だったし、英会話教室とかも行った事ない。

 地方だからなのか、カラオケ屋にそれらしいお客もまだ来たことがない。


 見る機会ゼロだったんだよ。


 結局、俺がバイト仲間からこうした情報を聞いていっても、そのカラオケ屋ではずっと会えていなかった。

 まあ、会わないほうがよかったのかもしれないが。



「ええ、ではウィリアムズさん、自己紹介を――」

「はじめまして。カノン・ウィリアムズです。気軽にカノンと呼んでください。〇〇県から引っ越してきました。よろしくお願いします……」


 ある日の朝、授業前のホームルームで、転校生がやってきたんだ。

 それは、バイト仲間から聞いていたそのハーフ美人だった。

 まさかの同じ学校同じクラスかよ。


「えー、すっごいびじーん!」

「日本語上手ー! 違和感ないんだけど!」

「髪の毛綺麗~」

「スタイル良い~」


 彼女は、バイト仲間達の言っていた情報通りの容姿をしていて、クラス中がその容姿を褒めたたえてたと思うわ。


 ルックスは明らかに優れていた。

 とてもクラスの女子達とは比較にならない。


 それに、声も落ち着いた様子で、心に響いてくるような聞き心地の良さがあった。

 女子に限らず、俺ら日本人スペックとの差は歴然だった気がする。

 悲しいな。ていうかむしろ憐れだ。


「じゃあ、ウィリアムズさんはあそこの空いてる席に座ってくださいねー」

「はい」


 しかし、転校初日から、カノンはまるで元気が無い様子だった。

 緊張してるのか?


 それともあれが彼女にとっては普通なんだろうか。

 カノンが先生に案内された席。それは、俺の左斜め前だった。

 ここ数か月の間に一度席替えが行なわれたんだが、以前田辺が座っていた分の空席が、ちょうどそこだったんだ。


 彼女が座ると、隣に座っていた男子がすぐに声をかけた。


「俺、山岸! よろしくね、カノンさん!」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします……」


 俺の前に座っていた山岸が、横を向きながら楽しそうにしている。

 わかりやすいよな、男子って。

 ていうか俺も男子だが。


 それからも、しばらくカノンは山岸から、もっと言えばクラス中から注目を浴び続けた。

 彼女が授業中に指名されれば、おっ! と皆が少し身構えたし、立ち上がれば皆で、おっ! となって、歩けば皆、おっ! となった。


 なんだお前ら。

 セイウチにでもなったのか。


 まさに、立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。周囲はセイウチ、あばた面。お前ら全員大貧民。


 こいつのためのことわざかと思うくらい、そこで体現していたんだ。

 カノンだけは別格。

 いも臭い教室に紅一点。豚小屋に入れられた血統書付きのボルゾイ。

 そして炎天下の砂漠にエアコンガンガン効いてるネカフェ建てました的な状況だった。


 ただ一か月たっても、俺はまだこいつと話した事がなかった。

 別に転校生だから興味を持ってみるだとか、ルックスが良いから近寄ってみるだとか、そういう感情もなかった。


 かといって、斜に構えてるわけじゃないんだよ。

 そもそも、俺は誰とも仲良くなんてないからな。


 こいつとも同じだ。

 他のクラスメイトと俺がそうであるように、平行線状態。


 交わる事も、遠ざかる事もないんだよ。

 いや遠ざかる事はあるかもしれないが。


 それから一か月くらいたった頃、次第にカノンの周囲にも変化が現れた。


 カノンは、クラスメイト達のどのグループにも属さない様子だったんだ。

 たまにクラスメイトから声をかけられたりはしていたけどな。


 やっぱり転校生って、コミュ力無いときついのかもしれない。

 すでに出来上がった輪に溶け込むのって、結構難易度高いのかもな。

 チャレンジした事ないから俺は知らないが。


 カノンは、コミュ力が低いのかもしれない。

 俺も高いわけではないから、自己紹介の時からなんとなく察していたんだ。

 なんとなく、似たような不器用さを感じる。


 左斜め前の席で、クラスメイト達からあれやこれや質問を投げつけられる。

 俺だったら翌日から登校拒否するわ。

 せめて一対一にしてくれな。


 そんな風に見えてきていたある日の事だった。


「木下ー。悪いんだけど現国の宿題、移させてくんね?」


 俺の前に座っていた山岸が、ぱしっと両手を合わせてそんなお願いをしてきたんだ。

 これは、最近ではいつもの事だった。


 山岸は、そんなに悪い奴じゃないと思うが、いつも俺に宿題を移させてくれと頼みこんでくる熱心な祈祷者だった。

 拝むなよ。俺は偶像か。


「はいよ」

「サンキュー! 助かるわ~」


 席替えする以前までなら、たぶん他の偶像に祈祷していたんだろう。

 そして今度の偶像は俺らしい。

 軽々しく席替えで鞍替えするなよ。


「……」


 そんなやり取りを、じっと見ている奴がいた。

 無論、山岸の隣に凛として座っていたカノンだった。

 いやそんなジロジロ見られてもな。

 悪い事してるみてーじゃん。


「……ふっ」


 カノンは一瞬、笑みをこぼしたんだ。


「え?」

 なんで俺は今笑われたんだ?

 笑われた理由もわからず、そのまま十分の休憩が終わり、授業が始まろうとしていた。


「山岸、タイムアップだ」

「あー! まだ全然書けてねーよ!」

「安い信仰心のせいだな」

「え? 信仰心?」


 俺は、困惑する山岸からノートを受け取った。


 奇遇だな山岸。

 俺も今困惑してるんだ。

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