私には〇〇がいる

 その日の昼休みの事だった。


 俺が一人で昼食を取っている時、左斜め前の席に座るカノンは、誰とつるむでもなく一人で黙々と昼食を取っていた。


 昼食といっても、彼女の机にあったのは小さなサンドイッチと牛乳だけ。

 そんなんでお昼足りるのか?

 とかそんな余計な事も考えていたんだが、別に話しかけるわけでもなかった。

 今日もこいつと俺は平行線で、一か月たとうが関係ないだろうなと思った。


 だが、その日買っておいたカレーパンを、俺が口にほおばった時だった。


「木下くん」

「フ?」


 いきなりカノンが振り返り、斜め後方の俺に話しかけてきたんだ。

 口に思いっきりカレーパンを含んでいる時だったので、変な返事になってしまった。


「ふっ…w木下くんて、あなたでしょ?」

「んぐ、……な、なんだよ、急に」


 俺はなんとか口に入れてた分のパンを飲み込んで、話に応じた。


「今日少し話せないかな?」

「……」


 本当に日本人と遜色ないくらい普通の日本語話すんだな。

 バイト仲間が言ってた事を俺は思い出していた。


「ここで言えない話なのかよ」

「ここで言いたくないんだよ。だからそう提案してるんだよ」


 カノンはとても落ち着いていた。

 声質も、ビジュアルもスタイルも、色々全部高スペックなのに俺に用事とかあるのか。

 なんかこえーよ……。


 俺はカノンの提案に従う事にした。

 というか、ここで拒むと、なんとなく揉めそうな気がしたんだ。

 昼休みで、教室には他の連中もいたし、俺とこいつがなんか話してるな、という認識くらいは持たれていたと思う。


 さすがに会話の中身までは聞かれていなかったと思うが、拒んだ結果、こいつがいきなり声のボリュームをあげないとも限らない。


 やんややんや言われたくない。カノンからも周りからも。

 とっさにそう思ってしまった俺は、その提案に従うしかなかった。



 放課後、教室に誰もいなくなった頃、俺とカノンだけが自分達の机に座って携帯をいじったり、本を読んだりしていた。


 お互い、そもそも席自体が近いので、どこかに集まる必要がない。

 そう思っていたんだと思う。

 特にどこで集合、とかはなかった。


 ただ正直、俺は嫌だった。

 田辺の時もそうだったが、放課後誰かと、それも異性と一緒に居る所を、誰かに見られたくなかった。



 さすがにこいつと俺が恋愛でどうこうとか、そんな噂を立てる奴はいないだろうけど。

 立てられた所で、誰も信じないだろうしな。

 そんなのは美女と野獣だ。

 誰が野獣だ。


「おい、誰もいなくなったぞ。そろそろわけを話してくれよ」

「わけ?」

「俺に話があるとかって言ってたろ」


 カノンは前を向いたまま、俺の話に応えていった。


「そうだね。木下くんてさ、前にこの学校にいた田辺さんって子と仲良かったんだよね?」

「は?」


 なんでこいつが田辺を知ってるんだよ。


「私、木村さんから聞いたんだよね。田辺さんは、木下くんと仲良かったかもしれないって」


 木村、こいつに何か余計な事を言ったんじゃないだろうな……。


「……で? 仲良かったらなんだよ」

「はぁ……。というか、木下くんって、コミュニケーション下手だよね」

「は⁉」


 いきなりなんだ。


「急に失礼な奴だな、お前」

「そのお前っていう呼び方、やめてほしいな。少し棘(とげ)があって傷ついちゃうなぁ私」

「カノンさん」

「いや、カノンって呼んでって自己紹介の時に私言ったんだけど」


「なんで呼び方強制されなきゃいけねーんだよカノンさん」

「さん付けなのに、言い方ぶっきらぼうなのおかしくない?w」

「これはぶっきらぼうなんじゃねーよ」

「じゃあ何?」


「性格からにじみ出てんだよ」

「それ自分で言う……?w」

「言わせてるんだけどな、おま、カノンさんが」

「お前って言い掛けたな」

「うるせーな」


 カノンは、すごくビジュアルに優れた奴だったが、話してみるとあんまり女の子という感じがしなかった。乙女チックな話し方ではない、というだけかもしれない。


 意外とフランク……?

 よくわからないが、さっぱりしている印象だった。

 だから俺は、少し拍子抜けしたんだ。


 もっと、ええ~そうなの~? とか、〇〇だわ。××よね!みたいな「だわよね口調」の女性語てんこ盛りな記号的女子かと思っていたからだ。


 容姿がここまで記号的だと、先入観で内面まで記号で埋め尽くしてしまいそうになる。

 なんか思ったのと違う。

 こいつはそんな感じだった。


「で、なんで俺が田辺と仲良いとか、そんな話になるんだよ」

「二人でさあ、だいぶ前にパッションフルーツジュース飲んでたじゃん?」

「……」


 カノンはしてやったり、みたいな顔をしている。


「え、飲んでたっけ?」

「あ、っとと」


 俺が完全に忘れていたので、カノンはこけそうになっていた。


「飲んでたんだよ。学校から少し離れたところにある「ウィリアム」って喫茶店で」

「そんな店だったかなー? 正直忘れてるからな。もう数か月も前だし」

「それもそうだね」

「あと、二人でジュースは飲んでないな」


「え? 覚えてるんだやっぱり」

「覚えてるわけないだろ。そうじゃなくて、その謎のなんたらフルーツのジュースを一緒に飲むほど仲良くないって話な」

「謎でもなんでもないけどww」

「で、その店が何なんだよ」


「その店、私の住んでる家なんだよね」

「カノンさん店に住んでたのかよ、すごいな」

「店に住んでるわけじゃないよwwどういう女なの私w」

「もう行かないでおこ」

「いや、なんでそうなるのw来ないでとは言ってないからw」


 なんだこいつ。

 笑い上戸か?

 箸が転んでもおかしいお年頃ってやつか。


「じゃあ何の報告だよそれ。というか、そもそも普段から行ってないけどな。田辺と行ったあの時がたぶん最後だぞ」


「まどろっこしいのは嫌いだから、本題にもう入るね。木下くん、そこで「召喚少女」の話、してたんじゃないかな?」


「は⁉ なんで……それ知ってるんだよ?」

 

「私には妹がいるんだよ」

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