金曜のアルバイト

 金曜の朝、俺はいつものように学校へやってきた。


 早い時間帯。

 というか、今週はずっとこの時間帯だ。

 しかし、今日が終われば全て解放される。

 もちろん、二週連続とかいう悪夢がなければだが……。


 日直の仕事をするために早く学校へ行った俺だったが、いつまでたっても田辺は来なくて、俺は結局一人で全部の仕事をやるはめになったんだ。


 いよいよあいつ、完全にサボったな。

 俺はそう思っていたんだ。

 だが、朝のホームルームが始まっても、田辺の席は空いたままだった。


「えー、田辺の転校の件だが、本人たっての希望で――」


 田辺は転校していたんだ。

 先生の話を聞くに、どうやら親の都合らしい。


 なんだよ。

 転校の話とか全くしてなかったじゃねーか。

 俺は不服だった。

 今週は田辺と日直で、色々話して、あいつの事が少しくらいはわかった気になっていたけど。

 どうやら気のせいだったんだ。


 全然わからない。

 昨日言ってた田辺の言葉が、頭の中に浮かんでくる。


「早く戻りなさい! 戻らないと、明日この学校が消えてなくなってしまうのですよ!」


 どういう事だよ。お前が消えてんじゃねーか。

 些細なやり取りの中に、自分が居なくなる事の寂しさを散りばめていたのかもしれない。


 それと、美術室でやたら俺を引きとめてたのは、転校がわかってて寂しかったからなのか……?

 ちゃんと教えてくれなかったあいつに、俺は腹が立った。

 こっちの気持ち考えてくれ。



「……?」


 ホームルームが終わって、一限目の教科書を出そうと思った時だった。

 机の中に、田辺の作った同人誌が入っていた。


「は⁉」


 俺は思わず声をあげてしまったが、ちょうど誰にも気づかれなかったらしい。

 皆それぞれ喋っていただけで、俺の事なんて誰も見ていなかった。


「……」


 昨日、田辺に返したよな?

 どういうつもりだよ……。


 その日、日直の仕事は全部一人でやった。

 ただ、少しだけ一人じゃないタイミングもあった。

 最後の授業が終わり、俺が黒板を消そうと思った時だった。


「木下~。私も手伝うよ?」


 田辺とよくつるんでいた木村が、声をかけてきたんだ。


「いや、木村はお前当番じゃないだろ」

「ミチカが転校して木下一人きりでしょ? だから代役ってことで」

「そうか。……悪いな、なんか」


 木村いい奴だな。

 俺なら代役なんてしないと思った。

 ていうか、代役したいほど仲が良い奴がいない。


 学校帰り、俺はアルバイト先のカラオケ屋へ向かった。

 今週は新人が入ってきたとかで、平日金曜日しかシフト入れてもらえなかったんだ。

 いつもはもう少し入ってるんだけどな。


「お疲れさまですー」

「あ、木下君おつかれー」


 受付で、ナチュラルに漫画を読んでサボっていた先輩に挨拶をし、俺は裏へ回った。

 裏の休憩室には俺しか居なかった。

 珍しいなと思った。


 金・土・日の夕方は結構混むから、大体一人か二人は、休憩室で待機していたりするんだ。その日は誰もいなかった。


 誰が出ているのか少し気になったが、出勤のタイムカードは確認しなかった。

 とりあえず、俺はカバンの中にしまっていた田辺の作った同人誌を確認した。

 学校に置いておくわけにもいかなかったからな。

 持ってきていたんだ。


 教科書やファイルと一緒になっていた同人誌だったが、俺はここである事に気が付いたんだ。


「ん? なんだ?」


 同人誌の表紙と一ページ目の間に、何かメモが挟まっているらしかった。

 カバンの中身を上から見てその事に気が付いた。


 俺はカバンからそのメモだけを器用に抜き取り、目を通すことにした。



「木下へ

 この私の熱き魂の叫びは、木下に預けておくことにするよ。

 私の最高傑作だ。

 これを読めば、いつでも私の魂に触れられる代物だ!


 あと、転校黙ってて悪かった。ごめんなさい。

 まぁまたどこかで会えることだろう! 去(さ)らばだな」


 たったそれだけだった。

 これを最高傑作だと呼べる田辺がもうこえーよ。


「なんだよ、これ……ははは」


 俺は力なく笑っていた。


 もうカラオケ屋の制服に着替えないといけない頃合いだった。

 メモをカバンにしまい、カバンをロッカーに入れる。

 もうあいつとは会えないんだよな。

 そう思うと、俺はなんだか変な気持ちになったんだ。


 嬉しいような、少しだけ寂しいような。

 は? なんで寂しいんだよ。

 やっぱり俺は俺がわからない。


 それから俺は、カラオケ屋の制服を着たあと、休憩室にあった大きな鏡の前に立ち、その鏡をまじまじと眺めた。


 そこには、カラオケ屋で働くのであろう冴えないアルバイトが一人、映っていた。

「はっ! それこそつまらん奴だな、木下君」

 なんかそんな事を言いたくなった。


 田辺はもういない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る