妄想の中

「おまたせ! これだよ、これー」

「時間かかったな。ん?」


 田辺が、俺の前に一枚の絵を置いた。

 水彩画らしい。


「なんだ、普通の絵も描けるのか」


 その絵は、同人誌で見るような田辺の絵とは違った。

 第一風景画だしな。


「描けるっていうか、描き分けてる? みたいなw」

「なんで描き分けるんだよ」

「え~、だって皆風景画描いたり、ぼわーんて感じの絵描いてんのに、一人だけガッチガチの百合とか描いちゃまずいっしょw」


 あ、一応そこのラインは見極められてたのね。


「まぁ、そうだが、つまらん奴だな」

「……」


 田辺が、元の窓際最後尾の席に座った。

 風景画は黒板に立て掛けてきたらしい。


 そこからなぜか、俺達は数分間黙っていた。

 二人とも話す事がなかったというより、黒板に立てたその田辺の絵を眺めているだけだったんだ。


「お前が二次創作好きなのって、原作の力量に疑問があるからなんじゃね」

「え?」


 なんか、俺は唐突にそんな言葉を呟いていた。

 もう時刻は六時になろうとしていた。

 夕方六時半くらいになれば、もう運動部の奴らも帰るし生徒もいなくなる。

 その時刻を過ぎたら俺も帰ろうかと思ってた。


「原作の力量って?」

「なんつーか、原作は好きなんだけど、物足りなさみたいな物があるからなんじゃねって」

「……」


 俺がつまらん奴だな、って言ってから、田辺は口数が少なくなっていた。


「物足りなさなら、他の作品にも感じるけどね」

「そうか」


 それは俺も感じていた。


「木下だってそれは感じてたんでしょ」

「それな」

「……」


 会話が止まる。


 田辺の奴、なんか考え込んでるのか。

 珍しい事もあるもんだと思った。

 こいつ、いっつも話す時は考え無しにしゃべってる感じしてたしな。


「ねぇ、つま……なって言ったじゃん」

「え?」


 俺はよく聞こえなかったんだ。


「つまらん奴だなって言ったじゃん!」


 田辺は少し大きい声でしゃべった。

 急にどうした。


「いきなり大きい声とかビビるんだけど」

「ねぇ! 私がつまらんって事だよね?」


 声が大きい。

 俺の話聞いてねーなと思った。

 田辺は、黒板のほうではなく俺の方を向いて話していた。


「そうだけど、それがどうしたんだ」

「木下は、何が面白い事だって感じるの?」

「……」


 なんだか時計の針が、ゆっくり進んでるように見えた。


「それがわからないから退屈してんだろ」

「私は退屈しのぎだったのか!」


 今気づいたのかよ。


「退屈しのぎっつーか、暇つぶしっつーか。けど俺は俺でやる事あるからな」

「やること?」

「勉強とバイト。部活とか趣味とかなくても、学生は忙しいだろ?」

「はっ! それこそつまらん奴だな、木下君」


 ちょっと調子戻ってきたらしい。

 よくわからない奴だな。


「二次創作って言っても、お前がやってるのって性的消費だけだろ」

「うーん……今のところ?」


 いや認めるのかよ。


「そう、か……じゃあちょっと、健全な想像力で他の道開いてみれば?」

「他の道……」

「ああ。性的なものじゃなくてな」

「ええ~」


 ええ~とか言うなよ女子高生。


「健全にいけ」

「木下! 私は同人たるもの、不健全をも包み込んだ魂の叫びとして、そこに意義を見つけたり……」

「何言いたいかわかんねーよw」

「だから! 不健全も包み込んで、それも合わせて同人だって言ってるんだよ! それが魂の叫びなんだよ。それ取り除いたら、叫びじゃないの!」

「そういうものなのか……?」



 要約すると、同人誌から性的表現を抜いたら何が残るのかって事らしい。

 一応、広い意味では愛好とかそういうのが残るんじゃないのか。

 作った事ないし普段読まないから俺は知らないが。


「同人はエロエロばっかじゃないだろ」

「まぁ、それはそうだけど、私は違うほう!」


 だから法律を飛び越えるなって。


「女子高生とは思えねー発言だわ」

「人を記号で測るとは何事かね、木下君。それこそ、この前言ってた話と矛盾すると思うんだけどw」

「こういう時だけ痛いとこ突いてくるな、お前」


 刺そうとしたら刺し返された気分だった。


「まぁ、健全でやったところで、やっぱり二次創作って不毛だわ」

「……」


 刺し返されたし、そろそろ六時半だし、帰っていいよなこれ。


「六時半なるし、帰るわ」

「ま、待って待って!」

「?」


 なんだ。まだ用事あるのか。

 明日にしてくれ。


「私は二次創作が不毛だなんて思わない! 木下が原作も二次創作みたいなもんだって言ってたけど、原作も二次創作も、私は不毛だなんて思ったことない!」


「……」

「逃げないで」

「逃げてるわけじゃない。二次は無駄なスポットライト当ててるだけだろ。当てる必要ないんじゃねーの? 当てたって、もうそこはすでに当てられまくった場所なんだし」


「木下、オリジナリティがどうとか言ってたじゃん!」

「は? なんでそこでオリジナリティが出てくるんだよ」

「私は、オリジナリティは妄想の中でしか生まれないと思ってるからだよ‼」


「……」



――キーンコーンカーンコーン。



 もう学生は帰る時間らしい。

 試合終了のゴングは鳴らされた。

 六時半をまわった。


「じゃあな、田辺」

「……うん、じゃあね」


 美術室に田辺を残して、俺は先に学校を出ていった。

 夕陽ももうほとんど沈んで、外は暗くなりだしていた。



 翌日、あいつは学校に来なかった。


 田辺は、父親の都合で学校を転校してしまったんだ。

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