美術室で待て

 翌日、授業が終わってから俺は美術室へ向かった。


 田辺の言う通り、美術室には誰もいなかった。

 おい田辺どこいった。


「あいつまでいねーじゃん」


 なんだ。

 新手のいじめか。


「帰ろう。バイト先に電話して今日シフト入れるか聞いてみるか」

「ちょーっと待つんだ! 木下少年!」

「うわっ、痛いんですけど」


 帰ろうとしていた俺の背中に、田辺が激しいタックルを決めてくる。

 腰イッたらどうすんだよ。


「待ちなさい! あなたは美術室に用事があるはずですよ、勇者木下」

「はぁ……お前が遅いんだろ?」

「早く戻りなさい! 戻らないと、明日この学校が消えてなくなってしまうのですよ!」


 どういうシステムで消えるんだよ。

 あとノリで学校を消すな。


「わかった。わかったから。戻るから。だから学校を消すな」

「ふふふ……それでよしよし」


 田辺がにやにやしてる。

 結構いい感じに気持ち悪い。


「はぁ……。けどさっきのタックル、マジで腰痛めるかもしれないからやめろよな」

「はい先生ー」


 少年になったり、勇者になったり、先生になったり。

 俺って忙しいな。パラレルワーカーか。


「それで、なんの用事だっけ?」

「召喚少女の話だろ。あの同人誌が本編に絡んでうんたらかんたらって」

「それだった。木下って、まだあの本編見てないんだよね?」

「そうだな」


 俺と田辺は、美術室の最後尾の席に横並びで座った。


 先に田辺が一番窓際の席に座った。

 その横に俺。

 田辺の前の席に座るという選択肢はない。

 毒牙にかかってたまるか。


「木下、ネタバレとか大丈夫?」

「もうお前から少しずつだけどネタバレされてるからな」

「それもそうか」

「まあ気にせずって感じで。話したいように話してくれよ」


「うん。あれはアニメ本編のラスト、12話で、エリカがキスナを助けようとするシーンのifなんだよね~」

「へぇー。結局、主人公は本編でキスナと会うのか」


 まず俺はそこから知らないからな。


「そう。けどそれがすっごい淡泊でさー。つまんないから私、変えたかったんだ。ストーリー的には、キスナが「悪」に殺されそうになって絶対絶命! みたいなとこまでが一緒なんだよ。でもそこで、エリカの召喚した奴が、実は淫らな行為大好きな奴で、キスナの〇〇〇を××して壊れたマーライオンみたいに〇〇〇が×××、挙句の果てに◇◇◇! それでそこから二人とも――」


「待て待て、さすがに待てよ」


 本当に待て。


「え?」

「え?じゃねーよ。本編て、テレビで放送されてたアニメなんだろ?」


 いきなりターボをかけるな、ターボを。

 どこから持ってきたそのターボ。


「そうだよ?」

「本編! まずは本編の話からしてください」

「そう? まぁ、そっちの方がしっかり理解できるからいっか。いや木下、頭いいじゃん」


 なんでifストーリーから語れると思ったんだこいつ。

 だから早く本編。

 全年齢版で俺を浄化してくれ。


「原作のアニメのほうね。キスナが「悪」に殺されそうになって絶体絶命! その場面でエリカがやってくるんだけど、結論から言うと、その時エリカはキスナを救えなかったんだよね」

「そうなのか? エリカだって「悪魔」を召喚できるんだろ」

「召喚少女は、他の召喚少女のために「悪魔」を召喚する事ができないっていう設定で……」

「へぇー……」


 なんか、どこかで見た事あるような設定だな。

 既視感というか。


「召喚できなくはないんだけど、そうすると召喚した側が死んじゃうんだよ。だから実質できないっていうか。エリカが死んでしまう事になるからね~」

「ジレンマに立たされるって感じなのか」

「そう! 歯痒すぎるでしょ?」


 歯痒いは歯痒いけど。


「で、なんでお前の同人誌は、そこで「淫らな行為大好きな奴」を召喚する事になるんだよ」


 もはや「奴」だしな。悪魔どこいった。


「エリカはキスナを助けたいんだよ本当は! でもキスナは、エリカに生きててほしいんだよ! 二人の気持ちが交差して、そして、そして……生まれるものがあるんだよ!」


 やめろ!

 それ以上具体的な表現にしたら絶対まずかった。


「そうか。一応最後、青春漫画っぽくぼかしたんだな。偉いじゃん」

「そうだろ? 私もクリエイターの端(はし)くれだな、これで!」


 なんで誇らしげなんだろう。

 嗚呼、なんで田辺は田辺なんだろう。


「そういえば、ここって美術室だよな」

「そうだね。私の部室でもある」

「田辺は何描いてるんだよ」

「私の作品に興味があるのかい?」


 むふっ♡ みたいな顔しているが、それは可愛い女子にだけ許される表情だ。

 それか、色っぽいお姉さま系女子が相手にすり寄る時にする奴だ。


 一般そこそこ系女子のお前は、爽やかにハハッ!て笑っとけ。

 そしたら炭酸おごってやるぞ。


「興味あるわ。だってお前、絵うまいからな」

「なーにー? 口説いてるのかな?w」


 誰がだよ。

 誰が誰をだよ。


「もういいわ。帰る。じゃあな」

「あ! あぁ~! 待ってくれ! 待ってくれよ、木下ぁぁ~!」

「うわっ、たっ、田辺おい、やめろ!」


 制服の腰を掴むな。

 変態じゃねーか。


「お前のことはもう見捨てた! 俺は自由に生きさせてもらう」

「教える!私が描いたの教えるから、待ってくれぇ~、ヒェ~」


 ヒェ~ってなんだ。

 新しい鳴き声手にいれたんか。


 強引な田辺によって引き留められた俺は、仕方なく美術室の元の席に座った。

 何かごちゃごちゃやっているが、どうやら自分の絵を探しているらしい。


 たくさん立て掛けられてる中に、田辺の絵があるんだろう。

 もうだんだん外も夕暮れで赤くなってきていた。



 俺は、何してるんだろうな、と思った。

 そういえば、明日金曜日でバイトなんだよな。


 今日バイトだったらよかったな。

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