興奮する田辺さん
それから、田辺は俺にその召喚少女のあらすじを説明した。
前述にあったが、あれをさらに縮めた感じ。
「どこにでもありそうな復讐劇じゃん」
「まぁ、一次はねー」
「一次?」
「この作品、公式の設定がかーなりスカスカなんだよね」
かなりをカーナビみたいに言ってる。新人類か。
「そんなにスカスカなのか?」
「うん。ていうか、アニメ原作だしね。ストーリーの大筋に絡まないキャラの情報とか本当に公開されてない部分が多くて。まず主人公の家族だけど、両親は事故で亡くなってて、妹も名前が出てくるだけ。全然顔出さないんだよね。出しても一回二回? それで謎のマンションに姉妹で住んでるんだけど、家賃どうやって稼いでんのってくらい二人とも普通に学生学生してるのよ」
「家賃とか生活費は親の遺産とかじゃねーの?」
「特にそういう情報もないから、皆妄想するんだよね」
「ああ。二次創作って奴だろ。原作に色々肉付けしたり改変したり」
「なんだ、木下二次創作知ってるんじゃーん」
「まあ前まで色んなアニメ見てたしな。そういう界隈がある事くらいは知ってるわ」
「じゃあ楽しさも知ってるんでしょ?」
「二次創作の楽しさか? 別に知らないわけじゃないが」
「わけじゃないが、何?」
「田辺みたいに熱を入れるほどじゃねーよなって」
「そんな事ないよ⁉ 熱を入れるほどだよ‼」
田辺の話す速度が急に上がり始めた。
声のボリュームも上がってる気がする。
どういう事だよ。
興奮してんのか。
「二次創作はこの世の楽園なんだよ! 自由な発想で色んなキャラをあっちにやったりこっちにやったり……もうそれがたまらない事くらい、わかるでしょ⁉」
興奮してやがる。
変態じゃねぇか。
「あー……楽しそうだね」
「なんでそんな反応薄いんだよ!」
「そう言われてもな。癖が多少強いくらいじゃありきたりだし、そもそも二次創作って単語自体が、二番煎じに近い意味だろ。原作無きゃ何も出来ないって事じゃねーか」
「うーん……。原作ありきなのは認めるよ? けど、その原作者だって、過去のアニメ作品とか、他のエンタメから大きく影響受けた結果、その原作を作ってるわけでしょ! 言ってみたら、原作も二次創作って事になるんじゃない?」
「アンチ著作権みたいな話になってきたな」
「木下が言い出したことだからね⁉」
「俺は、原作が二次創作と同等だとか、そんな過激発言した覚えはねぇよ」
「だって影響を受けるってそういう事でしょ?」
「田辺は極論すぎ。そう考えると、著作権ってなんだよってなってくるわ」
「まぁね~。だって自分が作った物を「これは完全オリジナルです!ゼロから生み出しました!」って主張してる風に聞こえてくるからね~」
「ゼロから生み出したは無理があるよな。それはわかる」
「うんうん! だってそもそも、「魔法」とか「召喚」って、あくまで空想上の物で、現実に無かったものでしょ? それを世間に広めた人が、そもそもの著作権を持ってるわけだから、既にその辺の単語とか設定とか使った時点で、あなたのそれは二次創作じゃんwってなるよね」
「ああ、そうなるな。著作権どうこうとか言ってるのって、ちょっとむずがゆいっていうか、一人で大きくなったような顔してる感あるよな」
「そうでしょ⁉ だからこれは二次創作なんですって潔く認めて創作活動するほうが、原作も二次創作も気持ち良いと思うんだけどなー」
「そういう事なのか? 田辺が二次創作に熱を入れてるのは」
「もちろんこの「召喚少女」ってコンテンツが、妄想の余地ありすぎて楽しいってのも大きいけどね!」
「妄想の余地……」
「妄想の余地だよ! 空白を妄想で埋めていくんだよ! それが楽しいんだよ! 過去の話とか未来の話でっちあげて、好きなキャラで好きな展開を繰り広げるんだよ」
「なんか、話聞いてると原作をたたき台として扱ってないか?」
「たたき台にしてるつもりないけど?大体、原作叩く人が二次創作なんてするわけないじゃん!」
「あ、すまん。そういう意味のたたき台じゃなくて、とりあえず不完全でいいから何か二次創作の対象になるための物体って意味。あとはこっちで煮るなり焼くなり試してみるから、材料だけくださいっていうか……。ストーリーの大筋一本立ってれば、キャラとか設定の記号はふわ~っとしてていい、みたいな」
「まぁ、そう言われると、間違ってないような気もするけど……」
スカスカな原作を妄想で塗り固めている田辺を見ていると、俺はそれが、ただ不毛な作業でしかないんだという気がしてくる。
当てる必要のない所にスポットを当てて楽しんでください。
みたいなそういう世界。
完全自己満足の世界だ。
でもそれが楽しいんだろうな。
話してる時の田辺は、妙にワクワクしているみたいだった。
それこそ男子小学生がカブトムシ捕まえた、くらいなワクワク感。
けど、原作も二次創作と同じようなものだという田辺の主張は、少し面白いなと感じた。
確かにそうなんだ。
原作原作と言っても、結局過去の要素の掛け合わせや、発想の角度とか色を変えてみているだけでしかないんだ。
田辺の意見は面白かった。
今日ここで話せて楽しかった。
「なんか、今日ここで話せて楽しかった!」
「え? あ、ああ、そうだな」
俺は田辺に心を見透かされでもしているのかと思った。
俺が今感じて思っていた事を、そのまま読み上げられたのかと思った。
田辺は、そういえば何も頼んでなかった!と笑いながら言って、お店の人にジュースを注文した。
パッションフルーツとかいう、俺には耳馴染みのない謎の物体をしぼった飲み物だ。
少しすると、おしゃれなグラスに入ったそのなんたらフルーツジュースをお店の人が持ってきてくれた。
飲んでもいないが、スッとする香りの飲み物だという事はわかった。
「普通においしいー」
「なんだそれ。普通なのかおいしいのかわかんないだろ」
謎の女が、謎の飲み物飲んで謎の感想言ってら。
「え?……ぷふっ。本当木下って変わってるよねー」
俺は知っているぞ。
ふとした時の「変わってるよねー」は、大体こいつめんどくせーなって思った時に動物が発する鳴き声なんだろ。
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