法律を飛び越えるな
翌日、学校に行くと田辺が興奮してた。
またかお前。
「木下木下! 持ってきた! 持ってきたよ今日!」
「は? 何をだよ」
田辺は息を荒げている。
はぁはぁ言うな。
一応女子だろお前。
「薄い本に決まってるっしょ!」
「いやお前、日直だから朝早く来たんだろ? さっさと日直の仕事済ませんぞ」
「それはいいから、これ貸してあげる! 私の力作なんだよな!」
田辺は興奮しながら、俺に同人誌を渡してきた。
無論、召喚少女の同人誌らしい。
こいつすごいな。
高校生で同人誌作るって。
「俺、同人誌貸してくれなんて言ってねーけど」
「そっけないな~。私の熱き魂の叫びを聞きたいとは思わんのかね!」
「思わんのよ。普通思わんの。それと、どさくさに紛れて日直の仕事さぼんなよ。後で怒られんだろ」
俺はそう言いながら、黒板のチョーク入れを確認した。
「え~。そのキスナ様、激熱なんだけどな~」
田辺の差し出した同人誌の表紙に、召喚少女のキスナが描かれていた。
田辺、マジで絵うめーな。
普通に漫画じゃねーか。
「ん? おい、待て。右下にR18って書いてあるんだが」
「もちろん、18禁だよ! 同人誌をなんだと思ってんのよ」
「いやお前女子高生だろ! 18歳未満が18禁って描いていいのかよwダメだろw」
「え? 何言ってんだよ~。精神年齢はとっくに18超えてんだよ、こちとらな!」
「無茶苦茶な理論だな」
どうやら法律とか知らないらしい。
やっぱり一回捕まれ。
お前はもう手遅れだ。
「もちろん、バレたらやばい事くらい知ってるし。だからこうして、人目を忍んで渡してるんだよ」
「なんか麻薬の売人みたいだな、田辺」
「ある意味、こいつぁ麻薬だぜえ旦那。一本キメときますかい?……きょろきょろ」
田辺は辺りを警戒してみせた。
ナチュラルにB級映画の麻薬の売人みたいになりやがる。
田辺ちゃん演技もできるのね、やだ濡れちゃう。
「バレたらやばいなら、即売会とかで出せねーじゃん。一人で楽しんでんの?」
「そうだよ、今まではねー。でもほら」
ビシッと、いきなり田辺に指をさされる。
「今は二人で楽しめるでしょ?」
田辺はにひっと笑った。
「……俺を引きずり込むなよ」
不覚にも、田辺の仕草にドキッとした。
は? 俺はなんでこんな奴にドキッとしてるんだ。
ムネ肉もケツ肉もないような奴に。
ムネ肉ってなんだ。
「かっかっか! もう遅いな、木下少年。君はもう、同人の渦に巻き込まれているのだよ!」
「お前が一人で盛り上がってるだけな、それ」
「おっと、まずい! そろそろ第一村人が教室へやってくる! ズラかるぞ!」
「クラスメイトをゲームのモブみたいに呼ぶな」
一体どこへズラかる気だったのか、田辺は俺を残して教室を出ていってしまった。
というかあいつ、日直の仕事なんもしてねーじゃん。
「何がキスナ様激熱だよ……」
なぜか激熱の「げ」を強めに発音したくて、そう言った。
俺は、田辺に渡されたキスナ推しの召喚少女の同人誌を持っていた。
これじゃ俺が召喚少女のファンみてーだな。
その後、朝のホームルームが始まりそうになると、田辺は遅刻しそうなタイミングでやってきた。
一体どこまでズラかってたんだよ。
結構時間あったぞ。
俺は、机の中に隠していた召喚少女の同人誌をチラっと確認した。
相変わらずキスナの絵は上手かった。
それから、何事もなく授業が始まった。
授業と授業のあいだに、十分の休憩がある。
ちらっと田辺の方を見ると、あいつはやっぱり木村とか他の女子とつるんでやがる。
どこが俺と一緒なんだよ。
俺なんてつるむ相手もいないってのに。
やっぱり納得いかねーわ。
「……」
チラっと、手元にある薄い本を見る。
召喚少女のキスナは美少女だった。
これを、今あそこで楽しく話してる奴が描いたんだよな。
なんか嘘くせーけど、あの熱の入った語り方からして、まぁ嘘じゃないんだろうな。
嘘くさく思えたのは、あいつの見た目がそこまでオタクオタクしてないせいもあるのかもな。
俺にもよくわからなかったんだが、あいつは見た目と行動が反比例してる気がする。
見た目には全く力を入れてないが、趣味の、こと召喚少女に関しては、とんでもない熱量なんだろう。
法律まで無視してやがる。
これもある意味、人は見た目に寄らないって奴だと思う。
とここで俺の視線に気付いたのか、田辺はこっちに目を向けた。
「ひひっ!」
なんだその鳴き声は。
「……ミチカ?」
あいつの横にいた木村が、よくわからなさそうな顔をしている。
当たり前だ。
突然隣の動物が鳴き声をあげたら、誰だってよくわからなくなる。
田辺よ、それじゃ麻薬の売人にはなれないと思え。
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