第34話 「ハル」との邂逅
(前略)或る時人と
――遠野物語29
「――もしもし? ああ母さん久しぶり」
「久しぶりじゃない夢路、何よ急に電話なんて。遊びすぎて金せびって来てんの?」
「少しは娘を信用しろよ……」
電話口の能天気な母の声を久々に聞き、夢路は懐かしさを通り越して呆れ、自室のベッドに突っ伏した。
実行委員の間で晴臣に繋がる手がかりが何もないまま解散したその日の夜、乙爺の話す天狗の婚約者云々の話やいなくなる前の晴臣の顔がぐるぐると彼女の頭を巡り、パンクしそうだったので実家に電話してみたのだった。
「……入学前にさ、あたしピアス空けたじゃん、いっぱい。あの
「あーあれね。とうとううちの娘もバンギャとして生きていくのかと思ったわ。髪染めた?」
「染めてねえけど……」
あっけらかんとした態度の母に、確実にその血が自分に流れていることを認識する夢路。バンギャとかいう単語をどこで覚えたんだと思いつつ、本題に入る。
「でさ、あの金銀って何でうちにあったの? なんかあたしが拾ってきたとか言ってたっけ?」
「あーもう覚えてないと思うけどね。あんた、四歳くらいの時に急にいなくなったのよ、山で」
「山?」
「ちょうど今あんたが通ってる大学辺りに遠い親戚の家があってさ、山沿いの大きな家。そこに法事か何かで行った時に退屈になったのか、あんた急に「山に遊びに行ってくる!」って言って走って行っちゃってさ。大人総出で探しても見つからなくってびっくりしたのよ」
初耳だった。
全く身に覚えのない話に、夢路は起き上がってベッドに腰掛ける。
「で、夕方になって警察呼ぶかーってなった頃、ひょっこり帰って来たのよ。ポケットに謎の金銀の欠片を詰めて。山頂で拾った! ってニコニコしてたけどこっちは冷や汗かいたのなんのって」
やはりあの金銀は拾い物だったようだ。どういう経緯で見つけてきたのか、拾ったのか貰ったのかは、誰も見ていないので定かではないが。
謎がやはり謎のままになってしまい夢路が眉根を寄せていると、母はそうそう、と付け加える。
「どうやって帰ってきたの? って聞いたら、真っ赤な顔をした人が手を繋いで一緒に山を下りてくれたって言うからさ、親切な酔っ払いもいたもんだって感心したんだけど」
「それって……! どんな人!?」
真っ赤な顔、と聞き夢路は食い付いた。アリスが語っていた晴臣は血の色の肌をしていたという。つまり天狗の容貌である可能性は高かった。
誰とは知らないが、親切な天狗が見送りをしてくれたということだろうか。
彼女はピアスの話と急に繋がった気がして色めき立ったが、
「分かんないわよ。近所の人だってそんな人知らないって言うんだから」
そう言われて口を噤んだ。
黙り込んでしまった娘に、母は思い出したように口を開いた。
「そういえばもう死んじゃったけど、春ちゃんっていたじゃない、柴犬の」
「……うん」
「あの子、その出来事のすぐ後に貰ってきたんだけど、夢路が「名前は春にする!」って頑として譲らなかったからそうなったのよ。何でもその一緒に帰り道を案内してくれた人がそういう名前だったからって言って」
「そっか……」
母との通話を切って、スマホをシーツの海に放り出す。ベッドに倒れ込んで、今聞いたばかりの昔話を反芻した。どっと沸いた疲れが、鉛のように心に沈んでいた。
と同時に、春先に交わした会話を思い出す。
――あ、やべ。学部の説明会あるんだった。ハルは?
――俺は良いよ、帰る。ていうか早速呼び捨てかよ。
――いーじゃん。昔飼ってた犬がハルって言ったんだよ。
夢路の中で、今まで見聞きした話が緩やかに繋がろうとしていた。
それは確信となり、彼女は誰もいない部屋にぽつりと零す。
「そっか……ハルは……小さかったあたしを帰してくれた「ハル」なんだな……」
両手で顔を覆い、夢路はベッドに突っ伏して呟いた。
「くそ……ずっと見守ってくれてたんじゃねえかよ……あいつ」
残された四人は学祭準備の傍ら山々を歩き晴臣を探したが、とうとう見つからないまま夏は過ぎ去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます