第27話 女好きの猿
猿の
――遠野物語45
「琴子先輩!!」
夢路が追い縋るも、ニホンザルの最高時速は約二十キロととてもではないが走って追いつける速さではない。そうこうしている間にも猿の群れは目的を果たしたとばかりに手に手に獲物を抱え、徒党を組んでどこかへ走り去っていく。
どう見てもあれは普通の猿ではなかった。
「猿が人間を誘拐することってあるの!?」
信じられないといった様子で猿の背を見つめるしかないアリス。ほんの数分の犯行は、とても野生動物の所業とは考えにくい。案の定、総司郎が口を開く。
「あれは猿ではなく――猿の
「またなんか妖怪関連ってことね!」
すぐに事態を飲み込む。彼らはもはやこれまで遭遇した怪奇現象や妖怪により、信じられないような出来事を受け入れるハードルが下がっていた。晴臣も頷く。
「山が住処でしょうから、俺達も追いましょう。じゃないと、あいつら何するか分からない」
「山ったってどこに――」
猿達はもう既に忽然と姿を消していた。松林を抜け、市街地へと走り去っていったようだった。猿と言えば山を根城にしていることは想像に難くないが、いかんせん市街地から山までは少し距離があり、どこをどう追っていけばいいか見当もつかない。
しかし、スマホを開いていた夢路は声を上げる。
「あった! これってそうだろ!」
三人に差し向けた画面にはSNSの検索情報が載っていた。リアルタイムで遠野地方で猿を発見したユーザーからの投稿がひしめき合っている。
『駅前でサル発見!』『街中に猿いた! こわ……』『なんかスイカ持ってる猿いてワロタ』『人間抱えてるサルいなかった? 警察?』
それらの位置情報を総合すると、おおよその位置は掴めそうだった。人類の英知で追い詰めようとする夢路はしたり顔でほくそ笑む。
「人間様を舐めるなよ猿共……!」
「猿に人間達の恐ろしさを味わわせてやるわ!」
アリスも拳を握る。息巻いた四人は、取る物もとりあえず猿の目撃情報が集中する市街地へ走った。
しかし猿達の逃避行を追うのは一筋縄にはいかなかった。歩道を車道をジグザグに走り、民家の屋根を越え、電柱を飛ぶ。野生動物の彼らに道という概念はなさそうだった。
目撃情報もその数を増やし、急上昇ワードとしてSNS上でトレンド入りを果たすなど俄かに盛り上がり話題になっているようだった。
「あーもう、関係ない投稿が増えて来たな……」
バスの座席に
さすがに海辺以外の場所で水着のままでいる勇気はなかったため、皆水着の上から私服を着ている。総司郎は腕を組んで唸った。
「『猿がいたらしい』といった伝聞系ならまだマシだが、『猿出たらしいよ、怖い』のような感想まで入れると相当な数だからな」
SNS頼みの捜索も一長一短だな、と夢路は唇を噛んだ。晴臣は車窓の外に目を遣りながら口を開く。
「普通の猿の群れだったら放っておくんですが、あいつら琴子さんを攫って行きましたし……あれはどう見ても……」
「ええそうね。絶対、遠野物語関連の妖怪よ。まったく、今年の春から定期的にこういう良く分からないものに巻き込まれてるのは何なの? 遠野物語が私達に何をしようって言うのよ。今回だって、琴子が何をしたって言うのよ」
全く意味が分からない、と足を組み替えるアリス。彼女は夢路と同じくSNSで情報捜索をしている。
「あれは恐らく猿の経立――遠野物語に登場する、長く生きすぎた猿の妖怪です。若い娘を好んで攫うものもいたと言います。厳密に言うとこの辺りは遠野地方ではないのですが……俺達が何かに巻き込まれつつある、というのは概ね正しいかもしれませんね」
総司郎も神妙な面持ちでそう頷き眼鏡をかけ直そうとしたが、コンタクトなのを忘れていたのか空振りした。
「猿共のせいで海水浴がパーになったからな……ボッコボコにしないと気が済まねえ」
夢路は拳を掌に打ち付ける。猿の群れに奪われた青春は何としてでも鉄拳制裁で取り返すつもりでいた。アリスはあっと声を上げる。
「ねえ、これって琴子じゃない!?」
彼女は三人の目の前に画面を差し向けた。写真付きの投稿には、確かに猿に抱えられた金髪頭の女性が小さく写っている。背景の看板を指差し、総司郎は推測を口にする。
「これは……釜石の球場あたりでしょうか」
「そこから山手に向かってるみたいね」
「山奥に逃げ込まれたら厄介ですね。目撃者がいなくなれば俺達の足だけが捜索の頼りになる。急ぎましょう」
晴臣の言葉に一同は頷いた。
球場近くでバスを降りた四人はSNSの投稿の情報を元に山の方角へ走った。猿が強引に通過したことによるものか、付近では交通事故が起こったり、襲われた人や目撃した人がいたりで物々しい雰囲気に包まれていた。
裏を返せば猿の群れは確かにこの辺りを通ったということだ。市街地を抜け、夢路達は地図で調べた山道の入口に足を踏み入れる。
「――君達!」
突如、四人に声がかかった。雑木林を掻き分け現れたのはさす又を手にした警察官二人だった。
「この辺りで猿の群れが人を襲ってね、危ないからこの辺り一帯は一時封鎖しているんだ。君達も早く帰りなさい」
「分かってるよ! そいつらに先輩が」
二人の間を割り込み夢路は押し通ろうとするが、警察官は門番の如く彼女を押し戻す。
「こら! 止まりなさ――」
警察官の腕が夢路の肩を掴もうとしたその瞬間。彼は見えない弾に撃たれでもしたかのように山道に倒れ伏した。もうひとりの警察官も、ぷっつりと糸が切れた人形のように地に臥せる。
「は?」
何が起きたのか分からず、しゃがみ込んで足元の警察官の顔を覗き込む夢路。彼らは気持ちよさそうに寝息を立てていた。薬でも盛られたかのように不自然な入眠に、アリスも首を傾げる。
「ちょっと夢路、何したのよ」
「何もしてねーよ! こいつら勝手に……」
そこらにあった木の枝で頬を突くが、全く反応はない。男達は深い眠りの世界に誘われているようだった。
「でもまあ都合がいいわ。このまま寝かせときましょ」
彼女の言う通り、時は一刻を争う。連れ去られた琴子を探すため、四人は倒れた警察官二人を置いて深い山中へ突き進んでいった。
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