第9話 新生・妖怪捜索隊結成
かくして土曜日朝の遠野駅前には夢路と晴臣……そして残りの実行委員メンバー三名も集合していた。
「……何で全員集合?」
夢路は眉根を寄せる。呼んだ覚えはなかったからだ。皆それなりに動きやすい服装で来ている辺り、捜索隊に加わろうという雰囲気が見て取れた。
総司郎はさらりと長い前髪を掻き分け、眼鏡をかけ直して言う。
「前回の河童発見は見事だった。まさか俺も本当に見つけてくるとは思わなかったからな……遠野物語を研究する身としてはこの目で是非見に行きたい」
「私も直々に行ってやるわ、感謝しなさい」
「私もー」
アリスと琴子も追従した。野次馬だ、きっと野次馬根性だ。晴臣はそう思ったが、口には出さなかった。
それにしても、いつもどんなに実行委員会の仕事が忙しかろうと彼氏との予定を優先し定時で帰る琴子がここにいることに、夢路は不思議に思った。
「琴子先輩、今日は彼氏さん良いんすか?」
「んん? 土曜日の彼とは先週別れたの。だから空いてるよー」
「『土曜日の彼』……?」
肩口の金髪を揺らしあっけらかんと語る彼女に、一同は疑問符を浮かべる。事情を知るアリスが呆れたように問いかけた。
「相変わらず取っ替え引っ替えね……今何人いるの?」
「うーん? 今六人だねえ。曜日ごとにシフト決めてるの。そのうち土曜日が空いてる感じかなあ」
「今残ってる人達の中で最長どれくらい?」
「最古参は半年くらいかなあ」
「おお……バイト先の店長みたいな台詞を……」
明かされた衝撃の事実に、晴臣はその先の言葉を失った。一見大人しそうな彼女のプライベートは、存外に奔放だった。この話題はあまり掘り下げない方がよさそうだった。
空気を察したか、アリスが話を脇道から元に戻す。
「……それはそうと、一体今日は何を探しに行くのよ」
「アリスには内緒ー」
「何よ! 勿体ぶってないで教えなさいよ夢路!」
「いってえ! 何すんだよ!」
「ほら、人が見てますんで……こらゆめ、顔はやめろ!」
掴みかかって喧嘩する二人を晴臣が宥める。週末の駅前はそれなりの人波だった。すぐ側の河童を模した外観の交番からは、怪訝そうな警官の視線が投げ掛けられていた。
キャットファイトを横目に、総司郎は腕を組み思案する。
「次、狙うならばやはり座敷童子か天狗だろうな。遠野物語でもその二人はページを割いて描写されている。全国的にも有名なスター妖怪と言えるだろう」
「総司先輩あったりー。今日は座敷童子狙いっす」
アリスに頬をつねられた夢路が正解を明かした。
「河童があれだけ可愛かったから、座敷童子もさぞかし美女に違いねえという事で。な、お前も楽しみだろハル」
「なんで俺が望んでる感じになってんだ」
「ああそうか違ったな、お前は黒髪ポニ――」
「あーあー! ほら、のんびりしてると日が暮れるんで! さっさと探しに行きましょう!」
不自然に大声を出して彼女の暴露を掻き消し、晴臣は新生・妖怪捜索隊の先頭を切って歩み出した。
実行委員の面々は遠野物語に記載された目撃情報を元に、旧
砂利を踏みしめ緩やかな坂を上がりながら、総司郎は思い出したように言う。
「しかし
「え、そうなんすか?」
夢路は意外に思い、拍子抜けしたような声を出した。すっかり晴臣の趣味で座敷童子探しが始まったようになってしまい彼は解せなかったが、黙っていた。
「遠野物語には男児と女児、どちらのパターンも描かれている。いずれにせよ小学生くらいの子供が多いようだ。性別がどうだろうと、いればその家が裕福になることには変わらんがな」
「どっちが見つかるかなあ、あてはあるの? ゆめちゃん」
「えーと……」
琴子は首を傾げるが、実際夢路は今回行き当たりばったりで歩くつもりだった。河童探しの時ほど、座敷童子の出現場所が絞り込めていないことが大きな要因だった。
何となくそれを察知したのか、総司郎が眼鏡をかけ直しぴしゃりと言い放つ。
「基本的に家に宿る妖怪とされているから、野山を歩いていることは稀だと思うが」
「そんなあ」
取り付く島もない言葉に夢路が意気消沈していると、脇の林の奥に何かを見つけたアリスが声を上げる。
「ちょっと待って……あれ、何……?」
指差した五十メートルほど先の雑木林で、何か白い物が揺れている。風船のようにも見えたそれは、よく目を凝らしてみると人の後ろ頭のようだった。風景に紛れる茶色の着物を纏っている。細い身体の線は、女性のようだった。
「あれ、まさかそうじゃ……」
「い、いや、まだ山に入ったばかりですし、そんなうまい話が……近隣住民の可能性は」
総司郎が珍しく冷静さを欠いてそう言うと、遠い女性らしき人影は驚いて五人を振り返る。と同時に全速力で林の奥に駆けていった。
「あっ逃げたわ! 追うわよ!」
「指図してんじゃねえアリス! 隊長はあたしだ!」
「ここは実行委員長の私が隊長に決まってるでしょ!?」
お互いに隊長の座を譲らず、押し合いへし合いしながらその後を追う夢路とアリス。
「こら待て――」
一歩先んじたアリスを追うように夢路が駆け出した瞬間。
足元が抜けたように、彼女は地中に吸い込まれるような感覚に襲われた。
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