Entry number.2 伝説の猟師と時を超える娘
第8話 遠野の山奥にて
遠野の山に長い銃声が響き渡る。暗がりに潜む鳥や獣達は驚いて飛び立ったが、照準は彼らにではなく森に足を踏み入れた五人の侵入者達に向けられていた。
岩陰に潜む彼らを恰好の獲物と認識したか、狙撃手は口の端を曲げて引き金を引く。濃緑の枝葉は鈍色の弾丸に散らされ、紅葉を待たずして地に舞い降った。
銃声の主の様子を窺おうと差し出したアリスの手鏡は、容赦なく撃ち抜かれてしまった。小さく悲鳴を上げ、彼女は傍で固まる実行委員のメンバーに叫ぶ。
「ねえちょっと! このまま隠れてても埒が明かないわよ!」
言ったそばから五人が身を隠す大岩に鉛玉が命中し、ちゅいん、と金属が爆ぜる音がした。彼らは幅一・五メートルもないその陰に縮こまるようにして身を寄せ合っている。
中心付近にしゃがみ込む
「あれれ、狭いなあ。ハルくーん、ちょっとそっちからはみ出してもらえる?」
「絶ッッッッ対嫌です!! 俺に撃たれろと!?」
「いーじゃねーかハル。向かい傷は男の勲章って言うだろ」
「良くねえよ大概にしろ!」
とにかくここで難を凌ごうとしていた彼らは、打開策が見出せずに手をこまねいていた。
「しかし、あれが本当に
「完全にこちらの位置もバレてますし……どうすれば」
いざとなったら戦えるような武器も技術も
「やっぱりー、誰かが盾になって飛び掛かるしかない感じ?」
「ほら、『その他』担当の出番よ、ハル」
「三年生の発想がいちいち物騒! 二人とも俺を見ながら言わないでくださ――」
上級生達に見捨てられそうな晴臣が必死に訴えたその時。
それまで弾丸を浴び続けてきた傍らの杉の木がミシミシと音を立てて折れ、五人のいる岩陰へ大きな影を落とし倒れかかってきた。
◆
時は五日ほど遡る。
遠野大学学園祭『
その開け放たれた窓の外では、すっかり緑の葉が生え揃った桜が風にそよいでいた。気候の穏やかな五月もあと少しで終わる頃。傾いた夕日が名残惜しそうに校舎をオレンジ色に染め上げている。
授業を終えた夢路がいつものようにやって来ると、机には数々の料理が所狭しと並んでいた。
「おつかれーす……何すかこれ、出前?」
「おお……来たか……
振り向いた総司郎は腹を摩り苦しそうだ。空いた手には食べかけのクレープが握られていた。
「俺はもう充分戦った……あとはお前に任せ……た……」
そう言うや否や、彼は力無く机に突っ伏した。
「夢路、来たわね」
教壇で焼きそばを啜っていたアリスは、待っていたとばかりに迎える。
「アリス、総司郎先輩死んだけどこれ何? 何が行われてんの?」
「先輩を付けなさいよ先輩を……まあいいわ。あんたもじきに同じ道を辿るから」
「どういうこと?」
不穏な台詞の真意が掴めないまま、夢路は適当な席に腰を下ろした。
「とはいえこれでも大分減った方よねえ。いやあ、男の子はやっぱり頼りになるなあ」
琴子はたこ焼きのパックを片手に、ふわふわと笑みを浮かべた。隣では晴臣が手で制しながら激しく首を横に振っている。
「琴子さん、俺もうマジで入らな――」
「えー? 何か言ったかなあ、聞こえなーい」
苦悶の表情を浮かべる彼を華麗に無視し、琴子はその口にたこ焼きを
晴臣は死んだ目をして頬張ったまま沈黙した。
「ほーら美味しいねえ。ゆめちゃんもお腹減ってるでしょう? 食べて食べてー」
「うーい、いっただきまーす」
促された夢路はとりあえず手近なチュロスに手を伸ばした。
説明を求めるようなその視線を受け止め、アリスは長い赤髪を靡かせ口を開く。
「学祭で模擬店やる部活や団体に試食を提出させるのよ。使う食材とか提供して大丈夫かとかちゃんと私達がジャッジしないといけないから」
「あー
夢路はチュロスを齧りながら、改めて教室を見回す。ご飯ものからスイーツまで、そこにはありとあらゆる屋台飯が揃っていた。祭に行って『ここからここまで全部くれ』とでも言ったかのような量だ。
「団体ごとに提出日を分けると、その都度保健所に申請出さないといけなくて面倒なのよ。だから一度に集めてるの」
「にしても凄い量だな」
これは多分五人がかりでも無理だな、と夢路は早々に諦めてポテトを摘んだ。
琴子は抹茶ラテを片手に料理を見回す。男性陣を犠牲にしたお陰でかなり余裕そうだった。
「焼きそばとかたこ焼きとかは定番だねえ。あと郷土料理枠でひっつみとかは毎年絶対あるなあ。だからこそ被らないように指導したりもするんだけど。あ、これは今年初めてかな。鯖サンド」
夢路に差し出したのはカツレツ風に焼いた鯖をパンと野菜で挟んだサンドイッチだった。受け取った彼女が一口食べると、軽やかな歯触りと共に口いっぱいに焼き鯖の風味が広がった。
「サクサク! うま! ほらハル、お前も食え」
「いや……俺、鯖嫌い……」
「好き嫌いしてんじゃねえ! 命を差し出して今ここにいる鯖に感謝しろ!」
「ぐえ」
呻き声を上げる晴臣の口に、夢路は半分に割った鯖サンドを容赦なく突っ込んだ。苦手な青臭さが口内を支配し、彼はその場に崩れ落ちる。
「出店の食いもん食ってると何か学祭近くなってきたーって感じするな」
残りのサンドイッチを食べ終え次は何にしようか、と視線を彷徨わせていると、思い出したようにアリスが問いかけた。
「それはそうと夢路、ミスター&ミスコンの進捗どうなのよ」
「うぐ」
突かれたくない所を突かれ、夢路は苦い顔をした。実は進捗は全くもってよろしくなかった。
ゴールデンウィーク初日に二人が河童を発見したというニュースは、実行委員に衝撃を与えた。見つかると思っていなかった残り三人は、まさかの事態に「嘘じゃないか」「何かの間違いでは」と口々に言ったが、夢路が証拠画像を、晴臣が皿を見せると皆口を閉ざした。話の真偽は一旦置いても差し支えない程の美少女だったからだ。
ここまでは良かったのだが、ミスター&ミスコン出演者を募集するのと並行し、書類選考通過者として画像を先行公開したのが良くなかった。
一般学生達はその可愛さに惚れ惚れし、密かに参加しようとしていた者達は沈黙した。
とどのつまり、あまりの可愛さに参加希望者がぱったりと途絶えてしまったのだった。対抗馬がいないのであればミスコンの開催も危ぶまれる。
「もうこうなったら、次の妖怪スカウトしに行って妖怪同士で戦わせるか」
仕方ない、といった様子で黒髪を掻き上げる夢路。耳を所狭しと飾るピアスが閃いた。
「えええ……また行くのかよ……」
「まだ見ぬ原石があたしを待ってるかもしれねーだろ」
「お前は遠野の山を渋谷か何かと勘違いしてないか?」
再び結成されようとしている妖怪捜索隊。一度やる気になった隊長は、うおーやるぞー! と矢も盾も止まらない勢いで叫んでいる。
「よっしゃ! そうと決まれば今週末行くぜハル!」
今回も連れ回される事が確定した晴臣は、彼女の決意に満ちた表情に頭を抱えた。
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