第34話 不完全な『魔法』
舐めていたわけじゃない。
実力差はなんとなく理解しているつもりだった。
でも――ここまで歯が立たないなんて、さ。
「はあ……っ、う、ッ」
身体の中が焼けるように熱くて、痛くて、尋常じゃない不快感を嗚咽で吐き出せば、赤黒い血の塊みたいなものが喉の奥から飛び出て来た。
口の中が鉄臭い味で染まる。
ゆらゆらと自分の意思とは関係なく揺れている視界と、感覚の覚束ない足元。
荒い呼吸がひゅー、ひゅーっ、と頼りない音を奏で、握力の緩みつつある手を意識的に強く握り直す。
末端の感覚があやふやだった。
これは、そろそろ本気で拙いかもしれない。
「無様だな。威勢の良さはどこへ行った?」
「なに、言ってんのさ……まだピンピンしてるっての……っ!」
はったりだとわかっていながら、そう口にすることで己を鼓舞する。
まだ終わっていない。
この程度の絶望で諦められるほど物わかりのいい人間じゃないんだ。
家族を失って一人だった時ならまだしも、今は帰りを望んでくれる人がいる。
だから、こんなところで死んでいられない……ッ!!
(考えろ。このままじゃ勝てない。あいつの言う通り、身体の中から腐って死ぬ。どうすればいい? 俺に出来ることは?)
そんなの、一つしかない。
『魔法』を今よりも深く理解し、使いこなしてファテスを倒す。
幸いなことに、ヒントになりそうなことを紗季が言っていた。
――『魔法』は使い手本人のパーソナリティを反映したもの。
だとすれば、『切断』は俺が自覚していないパーソナリティであり、自分を理解することが間接的に『魔法』を読み解き昇華する手掛かりになるんじゃないだろうか。
とはいったものの……自分のことなんて正直、よくわからない。
『切断』という『魔法』の性質から辿る方が良さそうだ。
「ならば、試してやろう。踊って見せろっ!!」
ファテスの姿が掻き消える。
背後に気配。
直感に従って屈めば頭頂部を何かが掠め、巻き起こった風が髪を靡かせた。
落ち着いて考える暇があるわけないか……ッ!!
唯一の救いはファテスが俺をすぐに殺そうとしていないこと。
手加減されているんだ。
動きの鈍った俺なんてあいつからすればいつでも仕留められる的でしかない。
腹は立つ。
けど、そのおかげで、首の皮一枚繋がっている現状には感謝しなければならない。
ファテスの攻撃を躱し、躱し、時に身体を掠めた傍から肌が爛れていくのに耐えながら、限界を超えた集中力で思考を回す。
(文字通り、『切断』は何かを斬る『魔法』。でも、斬るという動作は必要じゃない。あくまでイメージの補完だけ。だとしたら、『切断』の本質は斬るという現象そのもの……? もしこの仮説が合ってるとしたら――)
「――膿み、死した果実は地へ還る。『落果の腐骨』」
思考を遮るように青紫の靄を纏った横薙ぎが繰り出される。
反応が遅れた。
どうやっても躱しきれない……いや、まだだッ!!
一か八かやるしかない。
イメージしろ。
何でも斬れる斬撃を――ッ!!
腕は振れない。
当然、剣の刃も届かない。
勢いがなければ重さも存在しない。
「隔て断ち切れッ、『
叫ぶ。
刹那、身体から目に見えない力がごっそりと持っていかれる感覚。
思わず視界が霞み、とめどない痛みが痛覚を刺すように響いて、逆に鮮明になった意識がそれを見た。
「何……っ!?」
空に残った純白の斬撃が真正面からハルバードを受け止め、纏っていた青紫色の靄……ファテスが使った『魔法』であろうそれを霧散させる光景を。
甲冑から漏れ出た驚愕の声に嘘偽りの気配はなく、本当に驚いていることが窺えた。
それを見て、俺は内心安堵と焦燥を覚える。
方向性は間違っていなかった。
でも、まだファテスを斬るには力が足りていない。
不完全な『魔法』だった。
それに、今の一撃を受けては流石に警戒を強めるだろう。
甚振るだけの相手だったはずの俺が噛みついてきたんだ。
言動からしてプライドの高そうなこいつが黙っているとは思えない。
「……次は、斬る」
息を細く吐き出して更なる集中の海に浸る。
ファテスが使った『魔法』に耐えられるのは数分が限度。
魔力も底をつきかけてる。
初手の不意打ちを外した以上、次を当てられるかすら怪しい。
でも、やるしかない。
「まぐれだ。所詮は猿真似。威力も足りない。その程度の『魔法』で俺を殺せると思ったか」
「少なくとも、『魔法』は斬れたみたいだけど?」
自分でも安い挑発だと思ったけど、予想外にファテスは食いついてきた。
酩酊感を伴うほどに濃い魔力が無造作に放出され、これみよがしにハルバードが空を切る。
「舐めるなよ、小娘。遊んでやっていたのがわからないか? 俺はその気になればいつでもお前を殺せるんだよ」
「じゃあ、やってみろよ。全部斬り捨ててやる。その『魔法』も、傲慢な自信も、余裕そうな声も、甲冑に隠した恐怖も」
なけなしの余力を振り絞って向き直り、剣を構える。
『切断』を使うには剣が必要なくとも、まだ足りていないイメージを補うためにはあった方がいいという判断。
ここから先、一瞬でも気を抜けば簡単に押し切られる。
一撃でも喰らえばゲームオーバー。
時間をかけすぎてもダメ。
狙うはあるかどうかもわからない一瞬の隙。
いや、自分自身で作るんだ。
そこへ渾身の一撃を叩きこむ。
勝ち筋は蜘蛛の糸よりも細いけど、確かに手を伸ばせば届きうる場所に垂れている。
「身の程をわきまえろ、人間――」
来る、と身構えたが、違和感にふと気づく。
地面の影が不規則に揺れていることに。
それはいきなり隆起し、ファテスの行く手を塞ぐ檻となる。
こんなことができる人を、俺はたった一人しか知らない。
「新手か? こんなものっ!!」
ファテスは影の檻を叩き切ろうとハルバードを振り上げ――それよりも先に直上から降り注いだ緋色の光線がファテスの脳天を貫いた。
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