第29話 ありがとう


「……なんでですか? どうしてですか? 私が弱かったから紬の家族を奪ってしまったんですよ……? 私が悪い以外の理由があるんですかっ!?」

「そう思う気持ちもわかるけど、あれは事故だから。たまたま俺の家族が巻き込まれて、たまたま戦っていたのが紗季で、たまたま両親は助からなくて俺だけ生き残った。そうじゃない?」

「それは……そうかもしれませんけどっ!! 私が救えなかったことは事実で――」

「確かに俺の両親は死んだよ。でも、俺は助かった。誰が助けたと思う?」

「…………紬が助かったのは、運が良かっただけじゃないですか」

「だったら、俺の両親が死んだのも運が悪かっただけだよね」


 俺の考えを素直に伝えると、紗季は喉を詰まらせて押し黙る。

 自分で自分の考えを否定したことをわかっているのだろう。


 でも、紗季だけが悪いわけじゃない。

 伝えるべき言葉を伝えられなかったのは俺も同じだから。


「あの日、俺と家族を守るために戦ってくれた『魔法少女』には、ずっと直接言いたかったことがあった。助けてくれてありがとう――って」

「…………っ」

「その『魔法少女』と顔を合わせることは一度もなかったから、『管理局』の人に伝えるしかなかったんだよね。紗季も聞いてない?」

「……確かに、そんなことを言われた覚えはあります。ですが、あの頃の私は、その言葉を聞かなかったんです。私を責める言葉だと勝手に思い込んで耳を塞ぎ、負うべき責任から逃げた。一人を助けたことよりも、二人を死なせた責任の重さに押しつぶされていたんです」


膝の上で拳を握りながら紗季はそう零す。


 それはもっともな話だろう。

 精神的に未熟な中学生に背負わせるものとしては、あまりに重すぎる。


 紗季は責任感が強く、真面目な性格の持ち主。

 考えすぎてふさぎ込み、自罰的な行動を取り続けても不思議ではない。


 これは呪いだ。


 それをかけたのは他でもない、俺だ。


 もっと行動力があれば、紗季に直接感謝の言葉を届けられたかもしれないのに、そうしなかったのは俺の怠慢。

 両親が死んで大変だった――なんて理由は言い訳に過ぎない。


「だから、遅くなったけど、今ここで言わせて欲しい。そして、紗季には俺の気持ちをちゃんと受け止めて欲しい」

「…………私に、そんな資格があるのでしょうか」


 視線を逸らす紗季。


 もう、見ていられなかった。


 両手が伸びる。

 華奢な肩に指をかけ、背中へ手をまわし、縮まっていた身体を抱き寄せた。


 じんと伝わってくる体温。

 驚きを包み込んだ吐息が耳元にかかる。


「これでも自分に資格がない、なんて言うの?」


 そう問いかければ、数秒ほど迷う素振りを見せた後に、


「……ずるいですよ」


 泣きそうな声で囁き、観念したかのように身体をこちらへ預けてくる。

 軽くかかる確かな重さは信頼の証。


「これくらい普通。紗季はもっとずるくなった方がいい。素直で正直なのもいいと思うけどさ」

「……そうありたいと思っているだけで、本当の私は臆病で、卑怯で、弱い人間なんです。紬にそう言われただけで、自分のことを許してしまいそうになっているんですから」

「自分に厳しすぎるのも考えものだね。だったらさ、少しくらい甘やかす人がいてもいいと思わない?」

「私みたいな人は一度甘やかされたらダメになってしまいますから――」


 肩に紗季の頭が乗る。

 さらりとした髪が頬に触れた。


「………………なので、ほどほどに甘やかして貰えると、助かります」


 囁く紗季を横目で盗み見ると、頬が赤く染まっている。


「なら、まずは伝えられなかった言葉を聞いてもらってもいい?」


 そう聞けば、紗季はゆっくりと身体を離して、胸元に手を当てながら呼吸を整え、


「……はい」


 意を決したかのように頷いた。


「あのとき、俺たち家族のために戦ってくれてありがとう。紗季のおかげで助かった。本当に――ありがとう」

「…………は、いっ」


 涙を溜めながらも微笑んだ紗季を見て、胸の内にじんとしたものが広がっていく。


 紗季はこの二年間、ずっと思い悩み、苦しんでいたんだろう。

 自己満足で片付けてしまった俺とは違って、紗季が抱えていた感情は重かった。


 この言葉を直接伝えられたことで、少しでも軽くなっていたらいいなと思わずにはいられない。


「その……紬」

「どうしたの?」

「…………少しだけ、ぎゅって、して、ください」


 躊躇いがちに言葉を途切れさせながらも、視線だけは真っすぐに俺へと向けながら告げられたそれに、笑いながら「お安い御用だよ」と頷いた。

 でも、笑ったのが不満だったのか紗季が眉を寄せるも、気づかないふりをして抱き寄せる。


 紗季が俺に頼っていいと言っていたのと同じように、紗季だって俺のことを頼ってもいいんだと教えるように。


「どうしてそんなに手馴れているんですか……? 出会った時はあんなに女の子への免疫がなかったのに」

「そりゃあまあ、紗季と暮らしてたら自然に」

「……荒療治も考えものですね」


 なんて言うけど、後悔しているようには聞こえなくて。


 猫が甘えるように頬を寄せてくる紗季の姿にくすぐったいものを感じながら、その背をいたわるように摩る。


 すると、紗季の中で何かが崩れたのだろう。


 ひぐ、とつっかえたような声が聞こえて、盗み見た紗季の頬を透明なものが伝っていく。

 この涙はあの日から溜め続けてきたもので、それを流せるのは紗季の中で一つの区切りをつけられた証だろう。

 そう思い、俺は紗季が落ち着くまで優しく背中を摩りながら静かに寄り添い続けるのだった。

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