第28話 どうしようもない卑怯者


「……多い、多すぎる。なんでこの辺だけ毎日のように『異獣エネミー』が出てくるんや? そりゃあ波はあるけども、それにしたってこの頻度は異常や」


『魔法少女管理局』。

 クーは私室として与えられている部屋のソファーに寝そべりながら、器用にため息をついて考えこむ。


 目下の問題は『異獣エネミー』の出現頻度が異常なほど多くなっていることだ。

 普通は週に三体程度なのだが、ここ半月ほどは毎日のように現れている。

 しかも『異獣エネミー』のランクもDやCといった中級くらいの強さが多く、周辺を担当する『魔法少女』は同ランク帯が片手の数ほどしかいないために、明確に消耗してきていた。


「幸いだったのは紬の嬢ちゃんが上手く動けてることやな。Bランクの『異獣エネミー』でも倒せるはずや。せやけど……この大量発生の原因は恐らく紬の嬢ちゃん――厳密には紬の嬢ちゃんに適合した魔法因子、やろな。あれはワイらにとっては格好の糧やからなあ」


 魔法因子。

 現代科学では解明できていない、元々クーが住んでいた異界に存在するそれは生物に宿り、魔力への適性を植え付けるものだ。

 そして、『異獣エネミー』にとっては自らの力を増幅させるための貴重な物質なのだ。


「甘い蜜に誘われてくるのが弱い『異獣エネミー』だけとは限らん。あっちの奴らはどいつもこいつも力に飢えとるからなあ。流石に『四大魔皇』までは来んと思うけども……その下となるとわからん。手は打っておかんとな。つっても、ワイに出来ることなんてSランク『魔法少女』をいつでも動かせるようにしておくくらいやけどな。こっちでワイが戦ったりしたら最悪、国を滅ぼしかねん」


 平然と物騒なことを口にするクー。

 そこで思考を打ち切ると、背筋をグーッと伸ばしてから、今度はくるりと丸まった。


「それはそれとして、紗季の嬢ちゃんはあのことを話せたんやろか。先送りにすればするほど話しにくくなるってのは本人もわかっとると思うんやけどな」


 ■


 紅奈さんと一緒に戦った日の夜。

 入浴も済ませ、二人でぼんやりとテレビを見ながら、ふと今日の戦いを思い返す。


「紅奈さん、強かったなあ……」


 なんといってもこれに尽きるだろう。


 Sランク『魔法少女』一橋紅奈。

 名前も、どんな戦いをするのかも動画で知ってはいたが、実際に目の当たりにすると本当に規格外なんだなという思いしか出てこなかった。


 魔法の規模、判断力、瞬時の思考。

 当たり前だが、そのどれもが上だった。


「紗季もそう思ったよね。……紗季?」


 紗季に話を振ると、名前を呼んだことでようやく気付いたのか、両目をぱちくりと瞬かせてから、


「……ええと、なんですか?」

「急に話しかけたのはこっちだけど、ぼーっとしてどうしたの? 疲れてる?」

「…………少し、考え事をしていました」


 誤魔化すように笑いながらそう言った。


 こういう紗季は珍しい。


「疲れてるならちゃんと休んでよ? 倒れてからじゃ遅いんだからさ」

「心配してくれているんですか?」

「そりゃあするよ。だって、もし俺が倒れたら、紗季も心配してくれるでしょ?」

「……そう、ですね。私にそんな資格があるのかは疑問ですけど」


 天井を見上げながら呟く紗季の眼は、どこか悲しげな雰囲気を湛えていて。


「今日、紅奈さんが言っていたじゃないですか。『魔法少女』を続けているのは償いだ――と」

「そうだね」

「……私も、同じなんですよ」


 ぽつり、と紗季は小さく言葉を零す。


「だから私は話さなければなりません。いずれ話さなければならないと思っていました。その運命から逃げ続けてきたのは、私が弱いから」

「……紗季?」

「紬。二年前、『魔法少女』になりたてだった私は、とある『異獣エネミー』と戦うことになりました。蝶のような姿をした、毒の鱗粉をまき散らす『異獣エネミー』――身に覚えがありませんか・・・・・・・・・・・?」


 全てを見透かすような黒瞳こくとう


 ちょっと待て。

 どうして紗季がその『異獣エネミー』のことを知っている?


 身に覚えがあるかどうかで言えば、当然ある。


 だってそれは二年前、俺たち家族が巻き込まれた事故で、両親を奪っていった『異獣エネミー』なんだから。


「答えなくて構いません。わかっていますから。あの日……空が黒々とした雲に覆われていた、午後のこと。『窕門ヴォイドゲート』から一体の『異獣エネミー』がイレギュラーとして現れました。そして、逃げ遅れた一つの家族がいた。紬——あなたの家族です」

「……て、ことは。あのとき戦っていた『魔法少女』が、紗季……?」


 俺の問いに、紗季は真っすぐに視線を返し、こくりと頷く。


「新人だった私は弱かった。ですが、蝶の『異獣エネミー』もさほど強いわけではありませんでした。『異獣エネミー』自体は救援に来た『魔法少女』によってすぐに討伐されましたが、すでに毒がまき散らされた後。紬の両親は解毒が間に合わず……亡くなりました」


 沈痛な面持ちで告げる紗季の声は、震えていた。


 紗季はきっと、自分のせいで俺の両親が死んだのだと思っているのだろう。


 ……俺が紗季と出会った時から感じていた違和感の正体はこれだったのか。


『私のことなんて信用できないとは思いますが……私はあなたを守ります』

『ただ、私にできたのは『魔法少女』として『異獣エネミー』と戦うことだけでした』

『私は男性としての梼原さんを知りません』

『やっぱり、梼原さんは『魔法少女』には向いていないと思います』

『私は梼原さんに『魔法少女』にはなって欲しくなかったんです』


 紗季から言われた言葉の数々が脳裏をよぎる。


 そして、思い出した。


 あの日の後、戦ってくれた『魔法少女』を調べた際に並んでいた名前を。

 今の今まで忘れていたのは、自分だけお礼を伝えて満足していたからだ。


 受け取る側の気持ちなんて微塵も考えずに。


「紗季は、俺のことを知ってたの?」


 可能な限り優しい口調を意識して聞いてみると、紗季は怯えるように肩を僅かに跳ねさせたが、静かに小さく頷いた。


「……ごめんなさい。本当は初めて会った日に、この言葉を伝えるべきでした。それをわかっていながら、今の今まで私は逃げ続けた。何も知らない紬を裏切り続けた。私は――どうしようもない卑怯者なんです」


 そうでしょう? と言いたげな、濡れた黒い瞳が向けられて。


 ……違う。

 これは紗季が悪いんじゃない。


 だって、ちゃんと伝えられなかったのは俺も同じだから。


 でも、その話をする前に、紗季の誤解を解いておいた方がいいかもしれない。


「……とりあえず、さ。紗季の謝罪は受け取った。そのうえで言うけど――紗季が謝る必要なんてない」

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