第27話 『金紅焔燐』


 校舎内では戦いにくいからと外に出たのだが――外は紅く燃え盛る炎が海のように満ちていた。

 うねる炎が空気を焦がし、バチバチと跳ねる火の粉。

 熱された空気がまとわりついてきて、近くにいるだけで汗が滲んでくる。


 しかも、至る所に白い灰が積もっていた。

 なんでこんなものが……? と思っているのも束の間、地面を割ってさっき戦った百足擬きが空へ飛び出していく。

 その先にいるのは緋色の魔女帽子をかぶった人影……紅奈さん。


 彼女は自分に向かってくる百足を一瞥し、無造作に軽く右手を払う。

 しなやかに伸びた指先から火の粉が扇状に舞う。

 それが百足の身体に触れた傍から爆発して、節すら残すことなく燃焼させた。


「結構適当に見えた攻撃で、一撃?」

「それがSランク『魔法少女』なんです」


 まあ、俺でも難なく倒せた『異獣エネミー』だから、Sランクの紅奈さんからすれば雑魚も同然なのかもしれない。


 骨の髄まで燃え尽きた百足は白い灰となって地面に落ちていく。

 地上に積もっていた灰は全て百足のものなのだろう。


 炎があるから近づけないな、と思いつつ空を見上げていると、紅奈さんがちらりとこっちを見る。

 すると、ゆっくりと高度を落としながら近づいてきて、俺たちの正面から炎が引いていく。


 紅奈さんが地上に降り立って、ごめんねー? と手を合わせながら、


「外出たら火の海で驚いたでしょ。私も校舎の中にいたら百足の群れ・・に襲われてさ……面倒だから外に出て全部焼くことにしたの」

「……面倒だから、みたいな理由でできるものなんですね」

「紅奈さんは自分の非常識加減を理解した方がいいかと」

「紗季ちゃんいつの間にか私に対して当たり強くない……? 私はそんなに非常識な方じゃないと思うけど。そもそも、あの程度の『異獣エネミー』を掃討するだけなら、多分Bランクくらいでも出来るよ? 数が多いだけの雑魚だから」


 数が多いのはそれだけで脅威足りえるのに、それを雑魚と一括りにしますか。

 俺の拙い『魔法』でも倒せるくらいだから一体に対する評価としては間違っていないのかもしれないけどさ。


 この辺に積もっている灰を見るに、紅奈さんは数百匹単位で倒しているはずで。


 圧倒的な差を感じざるを得ないのは事実ではある。


「ただね、これ、拙いかもしれない。蟲の『異獣エネミー』、しかも数が異常なほど多い。もしかするとネストになってる」


 神妙な面持ちで紅奈さんは右手の人差し指を地面へ向けた。


 蟲をモチーフとした『異獣エネミー』によくみられる現象で、『窕門ヴォイドゲート』から出現した親と呼ぶべき個体が卵を産み、子が孵化することで『異獣エネミー』が大量発生した場所をネストと呼ぶ。

 数が多いこともあり、対処は広範囲殲滅が可能な『魔法少女』でなければ難しいのだが、これは親となっている『異獣エネミー』を討伐することで子も全て死ぬようになっている。

 つまり、親を探して倒せばいいのだが……それがわかったら苦労はない。


「多分親は地中に潜ってるんじゃないかな。私たちに見つからないように子を孵化させながら、消耗するのを待ってる」

「……それ、どうやって倒したらいいんです?」

「手は当然あるよ。力技だしあんまり気は進まないけど、やらないわけにもいかないし。それに、折角後輩がいるならいいところを見せたいじゃない?」


 ね? と片目を瞑って口にする紅奈さん。


 こんな人が一緒に戦ってくれることが、今は本当にありがたい。


「それで、私たちは何をしたらいいのでしょうか」

「出てくる雑魚をお願い。少しの間、動けなくなるから。とてもじゃないけど、このメンバーならそれが一番勝算が高そうだし。あと、早く終わらせてプリン食べたい」


 一番最後が最たる理由じゃないだろうか。


 そこに突っ込むことはせず、紗季と顔を見合わせて頷き合い、紅奈さんを守るように別れて陣取る。


「ちなみにどれくらい耐えたらいいんです?」

「三十秒くらいかな。安心して。労力に見合うものは見せてあげるから」


 ぱちりとウィンクを飛ばした紅奈さんは、それっきり、自らの武装であろう赤い細身の杖を胸元に構えて両目を瞑った。


「紬、無理はしないように。お互いをカバーするように動きましょう」

「りょーかいっ」


 一言交わして、地面を割って飛び出てくる数匹の百足。

 相変わらずの気持ち悪いフォルムに辟易としつつ、手近な個体に斬りかかる。

 耐久性は高くなく、一撃で屠れるのが救いだ。


 振り抜いた剣で一刀両断し、次なる個体へ飛びつき、背後で響く断末魔。

 頼もしい援護に感謝しつつ、細い胴体を貫いて尻尾の方へと滑らせる。


「数が、多いっ!」


 悪態をつきながらも『魔法』をイメージ。


 ここは、斬撃の結界――


「『刃界』ッ!!」


 キンッ、と甲高い音が響く。

 瞬間、剣を振っている訳ではないのに、周囲数メートル範囲の百足がバラバラに切り裂かれていた。


 これまでに自分の『魔法』を確かめ、幾つかわかったことがあった。


 俺に備わっている『切断』の『魔法』を発動させるには、剣で切る必要がない。

『切断』という事象を、過程を無視して顕現させる『魔法』なのだろう。

 だからこうして、自分の周囲に触れれば切断される空間を設定することも可能なわけだ。


 ただ切ることに特化した『魔法』。

 射程や一定の制限はあるにせよ、『異獣エネミー』と戦う上では強力な『魔法』と呼べる。


 散っていく百足の欠片。

 紗季も影を操ってどこからともなく百足を狩っていて、その表情には余裕すらうかがえる。

 実戦経験の差だろうか。


 そんなことを考えてい途中で、焼けるような感覚が波のように襲ってきた。


「――総てを照らせ、総てを焦がせ。我は紅鏡の現身、常世の片割れを担う者」


 ぞわりと、全身が総毛立つ。

 言葉では表せない異様な感覚に、思わず手が止まって発信源たる紅奈さんへ視線を送ってしまう。

 それは紗季も、百足も同じだった。


 だが、そこからの反応は違った。

 示し合わせたかのように全ての百足が紅奈さんへと飛びかかった。

 俺と紗季には目もくれない。


 それだけはなんとかしなければならないと、本能的に悟ったのだろう。


「紗季っ!」

「『影縛り』っ!!」


 紗季は地面に伸びる影へ手を置くと、その影が浮かび上がって百足たちを拘束した。

 俺の『切断』が攻撃に特化しているように、紗季の『影』は圧倒的な汎用性を誇る。


 何物でも存在するならば影がある。


 百足が引っ張られたように空中で止まった隙を逃すことなく切って捨てたところで、紅奈さんが杖を地面に突く。

 そこを起点として広がったのは金紅色の炎。

 炎が描く巨大な魔法陣。


 濃密な熱量が空間を歪めて、この至近距離だというのに紅奈さんの姿がブレて見える。


 だけど、畏れを抱いてしまうほどの圧倒的な存在感だけは、鮮烈に焼き付いた。


「顕現せよ、宇宙そらの威光――『金紅焔燐ルチル・プロミネンス』ッ!!」


 紅奈さんの鋭い声が響き。


 刹那、地中から金紅色の炎が噴火のように溢れ出れ、


「GYAOOOOOOUUUUUUUUUUUUU!!!!!!?!?!?!?」


 叫び声を散らしながら地面を割って飛び出したのは、所々が焦げ付いた巨大な百足――このネストの親と呼ぶべき『異獣エネミー』だった。


 これまで見た百足の『異獣エネミー』よりも二回りは大きな体躯。

 頭部では立派な牙がギチギチと挟み込む動きを見せていて、節ぶった腹は何かを抱えているかのように膨れていた。


 やつが今回倒すべきネストの長なのだろうとわかる威圧感を受けてか、身体が硬くなってしまう。


「あれみたいね。ランクは……C寄りのBってところかな。紬ちゃん、紗季ちゃん。二人は周りの雑魚をお願い」


 紅奈さんの提案が一番確実だろうとわかっていた俺と紗季は短く頷き、特大百足の取り巻きの小百足へ視線を向ける。

 すると、何匹もの小百足がかさかさと地面を這って迫ってきた。


 生理的に受け付けない光景から目を逸らしたいのは山々だったが、そうとも言っていられず、紗季とアイコンタクトでタイミングを計って一体ずつ確実に倒していく。

 そうして出来た道を赤い影――紅奈さんが駆け、特大百足へと肉薄。


 俺が全力で走っても敵わないほどの俊敏性。

 Sランクにもなると身体能力の方も凄まじい。


 百足は反応すら出来ないまま紅奈さんの接近を許し、


「――消し飛べッ!!」


 横薙ぎに振り抜かれた赤い杖から金紅色の炎が迸り、百足の身体を炭化する時間すら与えないまま焼き斬った。


 僅かに漂う焦げ付いた臭い。


 百足の眼から光が失われていき、絶命した証拠にその身体が光の粒子へと分解されていく。

 小百足も親が死んだことで活動を停止した。


 完全に沈黙、消失したことを見届けると、紅奈さんは長く息を零しながら両手を組んで背筋を伸ばす。


「んーっ……二人ともお疲れ様。虫系の『異獣エネミー』、しかもネストなんて運が悪かったね。親も結構強かったし。イレギュラーはこれだから……。二人がいてくれて本当に助かったよ。私一人だったら、もうちょっと時間をかける必要があったと思うから」

「紅奈さんもお疲れ様です。というか紅奈さん、強すぎじゃない?」

「お疲れ様でした。Sランク『魔法少女』はみんなあんな感じですよ」

「そんなこと……あるのかなあ。でも、数に勝る力もなかなかないよ? 二人がいてくれたからあんなに早く親を炙り出せたわけだし」


 紅奈さんはあはは、と何でもない風に笑っているけど、それができたのは結局のところ紅奈さんの力がずば抜けていたからだ。


 俺と紗季だけだったら……小百足とずっと戦い続けて消耗したところを親に狙われて、無事では済まなかったはず。

 そもそも紅奈さんの見立てがBランク相当らしいから、戦わずに一度引いて増援を待つ選択が現実的だろう。


 格下にあたる俺たちに逃げる時間を与えてくれるとも限らないけど。


「クー? こっちは終わったよ。虫系、Bランクくらいの『異獣エネミー』でネストも作ってた。多分他に気配はないと思うけど……どうする?」

『紅の嬢ちゃんがそういうならええで。ワイと嬢ちゃんの索敵をかいくぐるようなやつが潜んでるなら、それはもうしゃーない。一先ずご苦労さんな。全く……最近は『異獣エネミー』の出現が多くて敵わん。なんなんやほんとに……』


 電話越しに聞こえたクーのぼやきに心底頷きながら、転移でその場を後にした。


 ■


 転移していく三人を見ていた存在に気づいた者は、誰もいない。

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