第26話 『燦然と輝け、紅鏡の現身』


「……聖櫻高校じゃないですか?」


 転移で跳んだ先は見覚えのある場所――俺と紗季が通う聖櫻高校のグラウンド。

 休日ということもあってか部活動に励んでいたであろう生徒たちが一目散に結界の外へ出ようと走っていく。


「とりあえず、みんな変身。――『燦然と輝け、紅鏡の現身』」


 紅奈さんが呟き、その身体が魔力に覆われ、『魔法少女』としての姿へと変貌していく。


 身に纏うのは血のように紅いロングドレス。

 頭には縁が所々焦げている魔術師然としたとんがり帽子が乗っている。

 金色の装飾が過度にならない程度に散りばめられてるその姿は、気品すら漂っているように感じた。


 俺と紗季も続いて変身し、異常がないか手を握って確かめ、


「クーはイレギュラーって言ってたけど、『異獣エネミー』の姿は見えないわね。でも、空に『窕門ヴォイドゲート』は開いてる」

「ということはもういる・・と考えて動いた方が良さそうですね。推定ランクの告知がないのは気になりますが」

「『窕門ヴォイドゲート』の規模で大体わかるとはいえ……イレギュラーなら警戒しておいた方がいいかも」


 空に出現する『窕門ヴォイドゲート』の規模から『異獣エネミー』のランクが大体わかる。

 今回のは……見ている限り、そんなに大きいようには思えない。


 記憶と照らし合わせて考えると、高くてもCランクくらいだろう。


 だが、イレギュラーだ。

 前提条件が通用しない可能性は十分にある。


「とはいえ……先に残ってる生徒の避難じゃない?」

「紬ちゃんの言うとおりね。二手に分かれましょう。私は東側を確認するから、二人は西をお願い。何かあったら連絡して」


 人手的にはこちらが多いものの、紅奈さんはSランク『魔法少女』。

 俺たちよりも経験豊富で、実力も上。

 心配の必要はないだろう。


 むしろ、こっちがちゃんとやらなければ。


 方針を決めたところで紅奈さんと一旦別れ、紗季と一緒に校舎の中へ。

 もしかしたらイレギュラーで先に『異獣エネミー』が顕現しているかもしれないのでちゃんと警戒をしつつ、逃げ遅れた人を捜索する。


 いても部活動で休日なのに学校へ来ている人たちだけだろう。

 顧問の先生とかが避難誘導をしているかもしれない。


 学校の教員は有事の際に生徒を安全に誘導するための訓練も受けている。

 いつも通りの『異獣エネミー』なら心配ないけど……なんとなく、嫌な感じがする。


 蟲が視界の端で蠢いているような、そういう嫌悪感。


「……もうみんな避難したのかな」

「全然残っている人がいませんね。影にも反応がありません」

「影?」

「もうわかっていると思いますが、私の『魔法』は影を操るものです。周囲の影と感覚を繋いで、誰かが影のある場所を通ったら感知できるようにしていたのですが……なにも引っかかりません」


 悩ましげに呟く紗季。


 いやいや、なにその便利な『魔法』。

 影はどこにでもあるのもだし、活用範囲が広いのも羨ましい。


 俺の『切断』って切ることに特化しているから応用が利きにくいんだよね。


 脳筋? そうとも言うかもしれない。


「なら、紅奈さんと合流する?」

「それが良いかもしれ――」


 唐突に紗季の脚が止まる。

 警戒するように周囲へ油断なく視線を巡らせ、急に腕を引っ張られて引き寄せられ――さっきまで立っていた床を割って何かが飛び出してきた。


 舞う瓦礫。

 ぐらついた視界で目にしたのは、大木くらいの太さがある百足のような気持ちの悪い見た目の『異獣エネミー』だった。


 ギチギチと鳴る顎。

 無数に生えた細い脚は触手のように蠢き、計六つの飛び出た目玉が一挙にこちらを捉える。


「えっなにあれキモすぎないっ!?」

「同感です。構えてください」


 生理的に受け付けないビジュアルだけで鳥肌が立ってしまったが、あれが『異獣エネミー』だというのなら戦わない選択肢はない。

 紗季も俺の心からの叫びに同意は示していたものの、平気そうに見えるのは気のせいだろうか。


「地中を潜る虫型の『異獣エネミー』。潜航が『魔法』なのかわかりませんが、要警戒を」

「……紗季。どうにかしてあいつ捕まえられない? そしたら一撃で仕留めるから」

「任せてください」


 こんなのと長時間戦いたくない一心で提案すると、紗季は間髪入れずに請け負う。

 だけど、『異獣エネミー』の特性上、相手が出てくるのを待つしかない。


 集中し、その瞬間を逃さないように意識を研ぎ澄ませる。


 ずずずずず――と足元から響いてくる振動と異音。

 それは徐々に大きくなり、遂に床が崩れたタイミングで真横へと飛びのく。


 そこへ噴火のように飛び出してくる百足の姿。

 俺も紗季も無事に避けきり、


「『影縫い』っっ」


 紗季がナイフを百足の影に投擲する。

 ナイフがとん、と軽く突き刺さると、百足は引っ張られたかのように空中で動きを止めた。


 無言ながら紗季から「今です」と声が聞こえた気がして、俺も一歩踏み出して居合の要領で剣を引き抜き『切断』の『魔法』を行使する。


「――『散華』ッ!」


 振り抜いた剣が百足を真っ二つに断ち切る。

 その断面から罅割れが発生し、残りの部分へも広がって――百足の身体が内側から弾けるように切り刻まれた。


 バラバラになった百足の身体が床にぼとぼとと落ちてくる。

 緑色の体液が壁や床、天井にまでこべりついていて、しかもちょっと溶けているのか変な煙まで出ていた。


 あの体液って酸だったりするのか?

 ……直撃してたら危なかったかもしれない。

 肉体的にも、精神的にも。


「これで終わり……? 随分とあっさりしていたし、Cランクってほどじゃ――」

「まだいます」


 否定の声があって、すぐに足元に振動が伝わってくる。

 うげ、と自分で頬が引き攣り、深々としたため息が自然に漏れてしまう。


「ここで戦うのは無理。外出るよ」

「そうですね」


 結界の中で行われた破壊は現実世界に影響を及ぼさない。

 都合のいいものを作ってくれているクーに感謝しながら、校舎の壁を破壊して外へ飛び出した。

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