第25話 この人のためなら死んでもいいって人はいる?


 中に入ると、「っらっしゃいっ!」と気前のいい男の声が響いた。

 同時に熱気と食欲をそそる肉の匂いが鼻先を掠める。

 カウンタ―席とファミリー用の席があるが、どちらも混雑していて、少し待つことになるだろう。


 待機用の丸椅子に腰を落ち着けて席が空くのを待っていると、視線が集中していることに気づく。

 初めは俺に対してのものかと思ったが、紗季と紅奈さんを含めてのものらしい。


 さもありなん。

 こんながっつり食べるような店にいる三人の女性である。

 しかも、そのうち一人は超がつくほどの有名人。


 注目されない方がおかしな話だった。


 それでも話しかけようとしてくる人がいないのは、店主である筋骨隆々とした男性が目を光らせているからであろう。

 あの人の前で店の治安を脅かすような真似は出来ない。


「見てるとお腹空いちゃうよね」

「凄く美味しそうですけど……大きさがおかしいように見えるのは気のせいですか? もしかしてあれが看板にあった特大ハンバーグセットです?」

「違うよ? あれは普通サイズ。特大は……ほら、あの人が食べてるやつ」


 紅奈さんが指さした方へ紗季と一緒に視線を向ければ、まるで山のように肉厚なハンバーグが乗ったプレートを目撃してしまう。

 しかもそれだけではなく、スパゲティ、ソーセージ、目玉焼きなどが隙間を埋めるように乗せられているし、グラッセの量も半端じゃない。


 何人前あるんだろう。

 というか、これを食べ切れる人がいるのが驚きだ。


「……普通サイズでも食べ切れるか心配かも」

「大丈夫ですよ。紅奈さんがいますから」

「紗季ちゃん、それどういう意味?」

「そのままの意味です」


 冷たく紗季があしらって、他愛のない雑談を続けていると、席が空いたのか俺たち三人はカウンター席へと通される。


「よお、紅ちゃん。紗季ちゃんも久しぶりだな? そっちの子は……はじめましてか?」

「梼原紬です」

「そうかそうか。俺のことぁ大将やら店長やら、なんなら筋肉ダルマでもいいから好きに呼んでくれ。んで、注文は」

「二人には普通サイズを。私はいつものお願いします」

「あいよぉ。ちょっと待ってなぁ」


 先んじて紅奈さんが一括で注文を済ませると、店長はニカっと笑って厨房へ消えていく。

 初めはちょっと怖い人なのかなって思ってたけど、そういうわけでもないらしい。


 そこからさらに待つこと数十分。


「へいお待ちぃ。普通サイズ二つぅ。あちぃから気を付けなよぉ」


 俺と紗季の前に差し出される、熱々のプレートに乗せられたハンバーグセット。

 ふっくらとしたハンバーグ、ニンジンのグラッセ、厚切りのフライドポテトに茹でたブロッコリー。

 ソースはお好みとのことだったので、俺はデミグラスソースを選んだ。

 紗季が和風ソースなので後でちょっと分けてもらおう。


「そんで――ほい、いつもの特大ハンバーグセットのダブルやなぁ」


 どん、と店員さんがカートで運んできておいたのは、俺たちのプレートよりも三倍は大きなもの。

 巨大ハンバーグの上に乗せられた、これまた山盛りのスパゲティ、特大ソーセージ、目玉焼きが計五つ。

 それだけに飽き足らず、付け合わせのグラッセやフライドポテトも山のように積み重なっている。


 待っている間に紹介されていた特大ハンバーグセットはこれだけだったのだが……どういうわけか、紅奈さんのにはもう一つ爆弾じみた大きさのハンバーグが斜めに乗せられていた。

 特大ハンバーグセット……ダブル??

 なにそれもう山じゃん。


 これがあの細身に入るの? 嘘でしょ?


「よし、と。それじゃあ食べよっか」


 そんなカロリー爆弾とでも呼ぶべき存在を前にして微笑む紅奈さんは手を合わせて、手馴れた手つきでナイフとフォークを使い分けながら切り崩しにかかる。


 俺と紗季もそれに続いて肉厚のハンバーグにナイフを入れた。

 じゅわ、と広がる肉汁と、食欲をそそるスパイスの混じった香り。


 一口大に切り分けたハンバーグにデミグラスソースをよく絡め、火傷しないように少しだけ息で冷ましてから口に運び、咀嚼する。


「……っ!」


 瞬間、口の中でほろりと肉がほどけ、溢れた肉汁とデミグラスソースの濃厚なうまみが味覚を刺激した。

 こんなに美味しいハンバーグを食べたのはいつ以来だろう。

 そもそも外食に中々いかないのはあるけど。


「やっぱりここのハンバーグは美味しいですね。紬はどうですか?」

「凄い美味くてびっくりしてた」

「満足してもらえたんならよかったぜぇ。熱いうちに食べちまいなぁ」


 カウンターの向こうから店長さんがいい笑顔を浮かべていた。

 俺と紗季は店長さんの言う通り、ハンバーグが冷めないように食事へ戻ろうとした――のだが。


「紅奈さん、食べるの速すぎない……?」


 ちらりと視界に映ったのは、隣で黙々とナイフとフォークを動かし続ける紅奈さんの姿。

 しかし、頑張って食べている……なんて雰囲気は全くなく、美味しそうに表情を綻ばせながら山のようなハンバーグが紅奈さんのお腹に収まっていく。


 だが、紅奈さんは俺の呟きが聞こえたのか、ごくりと口の中の物を飲み込み、水の入ったコップを傾けてから、


「昔からこうなのよね。食べ始めると自分で思ってるより全然入るの。ほら、お腹の方は膨れてないでしょ?」


 言葉につられて紅奈さんのお腹へ視線を向ければ、確かになだらかなラインがあるばかり。


「……どこに消えているんです?」

「私も知りたいのよね。まあでも、食べるのは好きかな。じゃなきゃ、いくら美味しくてもこんなに大きなハンバーグは食べないわよ」

「カロリー凄そうですからね」

「『魔法少女』としていっぱい動くからいいの!」


 紅奈さんは会話を打ち切ると、再び少し大きめにカットしていたハンバーグを口に運んだ。


 それにしたって見ていて気持ちのいい食べっぷりだなあ。

 さらにハンバーグが美味しそうに見えてくる。


「紗季。一口交換しない?」

「いいですよ」


 そんなわけで、お互いの皿から一口分を取り合って味見をした。

 紗季の和風ソースは醤油ベースらしく、デミグラスよりもあっさりとした後味ながら、やはりハンバーグととても合っている。


 二つの味を楽しみながら食べ進めていると、あっという間に食べ切ってしまう。

 ……いや、結構お腹いっぱいかもしれない。

 女の子になってから胃の容量も少なくなってしまったから、全部食べ切れるか心配だったけど、杞憂に終わって一安心。


 紗季と一緒に「ごちそうさまでした」と店長さんに伝え、それから紅奈さんの皿がどうなったのか確認すると、


「ごちそうさまでした。やっぱりここのハンバーグは美味しいね」


 満足そうな微笑みを浮かべながら、紅奈さんは手を合わせつつ呟いた。

 あれだけ盛り付けれられていた特大ハンバーグセットのダブルは綺麗に紅奈さんのお腹に収まっていた。

 しかも完食にかかった時間は二十五分ほど。


 普通の特大ハンバーグセットの制限時間が三十分なのを考えると……食べるのが速すぎるし、ぺろりと食べ切っている。

 この人の満腹中枢と胃の容量はどうなっているのだろうか。


「今日も綺麗に食ってくれるじゃねぇかぁ。デザートはどうするぅ」

「じゃあ、特製プリンをお願いします。二人は食べられそう?」

「……そのプリン、普通サイズですよね」

「そうですよ。バケツプリンもメニューにありますけど、流石の紅奈さんもデザートは普通サイズです」

「私、もしかして遠回しにディスられてる?」

「気のせいです。私はいただきます」


 紗季はまだ食べられるんだ。

 俺もデザート一つくらいなら入る……けど、既に摂取カロリーが凄いことになってそう。


 紅奈さんは俺たちの三倍くらいのカロリーだろうけど。


 紗季の後に続くようにプリンを頼むと、店長さんはサムズアップを返してくれる。


「ここのプリン、自家製なの。しかもすっごい美味しくて。しょっぱいものの後は甘いものが食べたくなっちゃうからね」


 楽しみだなあ、とこぼす紅奈さん。


 この細い体のどこに特大ハンバーグセットのダブルとデザートが一気に入る空間があるんだ?

 服から浮かんでいるお腹のラインを見ても、特に膨れている様子もないし。


「折角だから食べながら話でも……って思ったけど、食べるのに集中しちゃってたね。二人は……特に紬ちゃんは何か聞きたいこととかある?」

「……紅奈さんは、どうして『魔法少女』になったんですか? もしよければ聞かせて欲しいです」

「『魔法少女』になった理由かあ。実はあんまり理由がなかったりするんだよね。だから続けている理由を話すと――償い、かな」


 何気なく振った質問だったのに、まさかこんな解答が帰ってくるとは思わず、反応に困ってしまう。

 意味が理解できないわけじゃない。

 ただ、なんとなく背中がぞっとするような、そういう違和感を覚えた。


「強さは余裕に繋がる。油断じゃなく、自分の力への自負と、経験に裏打ちされた慣れ。みんながみんな、強い『魔法少女』なわけじゃない」


 ぼんやりと語る紅奈さんの言いたいことはよくわかる。

 強ければ自分の身は当然として、大切な誰かを守ることができる。

 それは『魔法少女』という在り方を選ぶことのメリットと呼ぶべきものだろう。


 弱ければ淘汰され、次なる悲劇の対象に自らが選ばれる。

 現実問題、弱い側の『魔法少女』の割合の方が大きい。


 紅奈さんが語るのは一握りの強者としての理論であって、必死に『異獣エネミー』と戦っている『魔法少女』は理想論だと一蹴する。


 良くも悪くもこの世界は実力至上主義だ。


「……二人は、この人のためなら死んでもいいって人はいる?」


 ふと、間をおいてから、紅奈さんが聞いてくる。


「私はね、いた・・んだよ。『魔法少女』の親友が。でもね、その子は引き際を見誤った私のせいで死んだ。力に呑まれていたんだよ」

「…………」

「悔しかった。辛かった。何日も泣いて、泣いて、泣きつかれて――決めたの。もう二度とあんな過ちを犯さないように、呆れるくらい強くなってやろうって。そうやっていろいろやってたら……まあ、こんな感じになっちゃったってわけ」


 昔懐かしむように天井を見上げながら紅奈さんは呟くのだ。


「だから、二人にもしもそういう人がいるなら、自分を過信しないこと。それから、自分を犠牲にしてまで誰かを守っても、自己犠牲の自己満足にしかならないのを覚えておいて。特に――紗季ちゃん。あなたはなにも悪くないんだからね」

「……わかっています」


 釘を刺すかのような言葉。

 二人の間に何があったのかわからないけど、明るい話ではないだろう。


「紬ちゃんも大丈夫だとは思うけど、紗季ちゃんのことで困ったことがあったらいつでも相談してくれていいから。これ、私の連絡先。『魔法少女』同士の繋がりって貴重だからさ」


 言って、紅奈さんは小さなメモ紙を渡してくる。

 ありがたくそれを受け取り、なくさないようにお財布に仕舞っていると、


「自家製プリン三つおまちぃ」


 店長が底のあるお皿に乗せられたプリンを運んでくれた。


 ぷるん、ぷるんと揺れる卵色のプリン。

 皿の底には白いクリームが溜まっていて、果物を煮たようなものが乗せられていた。


「これこれ、これだよね。上に乗ってるのはリンゴのコンポート。程よい甘さとシャキシャキ感が癖になって――」


 目を輝かせながら説明していた紅奈さんだったが――不意に店内にいた全員のスマホがけたたましい警戒音を響かせた。

 食事中だった人たちが驚き、慌てたように立ちあがる。


 それが告げるのは『異獣エネミー』の襲撃。


 つまりは、『魔法少女』の出番。

 紅奈さんのスマホが着信を告げていた。


「ああ、もう、こんなときにアラートっ!? 店長っ!! プリン冷やしといてっ!」

「あぁ。気ぃ付けてなぁ」

「二人も来てちょうだいっ!!」


 紅奈さんに続いて俺と紗季も急いで店を後にすると、彼女はすぐさま通話を繋ぎ、


『紅奈の嬢ちゃん、イレギュラーや!! もう来るッ!! いけるか!?』

「行けるわ。それと、紬ちゃんと紗季ちゃんも一緒にいる」

『ほなら二人も転移させるで!!』


 切羽詰まったクーの要請に俺も紗季も頷くと、クーの転移によってその場を後にした。

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