第24話 Sランク『魔法少女』
翌日。
昨日の夜、紗季と約束した通り、午前中から家具を買いに出かけていた。
天気は過ごしやすい気温の曇り。
服装はなるべく露出少なめ、かつスカートは避けようとしていたのだが、そんな目論見は紗季にお見通しだったようで、上から下まで完璧にコーディネートされた。
上は七分丈で袖口が膨らんだ白のブラウス。
そこにマイルドなブラウンの、肩からつるすためのベルトがついたウエスト高めのフレアスカートを合わせたカジュアルな服装。
髪は右側だけを三つ編みにして背に流している。
紗季はゆったりとしたボトムスに半袖丈の黒いブラウスと藍色の薄いカーディガンを羽織っていた。
通勤ラッシュからはズレた時間の電車に乗って移動し、都市部の駅から家具専門店へ。
自動ドアを潜ればエアコンによって調整された空気が肌を撫でて、心地よさに息をついた。
「……家具を見るって言ってたけど、何を買うつもりなの?」
「ソファー、テーブル、椅子……とりあえずこれくらいは買おうかと。夏に備えて冷感シーツとかも揃えていいですけど」
「んー……私はそれよりも別のベッドを買いたいなあって思うんだけど」
「監視のためです」
「はいはい」
そんなこんなで、初めに向かったのはソファー売り場。
ずらりと展示されたソファーは色も形も値段も全部違くて、この中から選ばなければならないのかと思うとちょっとしんどい気がするけど――
「壁の色とかに合わせたほうがいいかな。黒とか白でシックに纏めてもいい気がするし……って、紗季?」
「……少し考え事をしていました。一応クリーム色あたりで考えていましたが、どうしますか?」
「いいと思うよ。それなら……あれとか?」
指さした先にあるのは三人掛けで革張りの、クリーム色のソファー。
展示されているものを触ってみれば、革特有のつるつるとした感触と、弾力がありつつも身体をしっかりと受け止めてくれるであろうクッションが反応を示してくれる。
三人掛けのソファーなら紗季と一緒にゆったり座れるだろうし。
「あ、テレビも新しいの買わない? 家具を新調するならテレビだけそのまんまなのはちょっと違和感あるし」
「ですね。でしたらテレビ台も買いましょうか」
新しく買うものが増えたりしつつ、順調に買う家具を選んでいく。
結局、最終的に選んだのは二人掛けのソファー、木目の綺麗な四脚のテーブルと椅子、一転して高級感のあるダークブラウンのテレビ台。
ひとまずこの辺りを購入し、配送の手続きを済ませたところで、また店内を適当に見て回っていた。
「なんかさ、こういうお店って見るの楽しくない?」
「わかります。特にここは家具だけでなく小物も充実していますから」
紗季はそう呟きつつ、テフロン加工がされたフライパンを手に取って眺める。
よく料理をするからその手の機材は欲しいのだろうか。
ちなみに食事は基本的に一日交代で作ることになっている。
俺も一人暮らしをしていたのである程度は作れるけど、それでも紗季の方が腕前は上。
しかも俺が作るは大雑把で食べられるけど絶賛するほど美味しいわけじゃない……みたいな料理が多いし。
なので紗季が作る料理の方が好きだったりする。
「食器も新しいものを揃えましょうか」
「あー……そうだね。というかここ、ほんとに何でもあるね。家具専門店じゃなかったっけ」
「家具も売っている家庭用雑貨店の方が適切かと」
「確かに」
ぬいぐるみ、食器、扇風機、アロマまで置いてあるからね。
話をしつつ、紗季は自然な流れで買い物かごにフライパンやスキレットを入れていく。
……どうやら本当にミニマリストじゃなかったらしい。
それどころか、買い始めたら歯止めが利かなくなるタイプ?
「私は必要だから買っているだけですよ。今使っているフライパンも加工が剥がれてきていたので、新調したいと思っていましたし。今日がたまたまいい機会だっただけです」
紗季が横目でこっちを見ながら、心を読んだかのような内容を告げてくる。
あ、さいですか。
本当に心を読んでるわけじゃないよね?
「紬の思考はわかりやすいですから」
「……そっか」
ちょっとだけ残念に思いながらも二人で食器を眺め、良さそうなものを互いに見せ合って検討していく。
とはいっても反対意見はあまりなく、すんなりと一通りの食器が決まって、それじゃあ次にいこうかというところで、
「紬、あれもどうですか」
紗季が指を指した先にあったのは、トランプのスートがプリントされた白いマグカップ。
これは……お揃いってやつ?
「いいね。どれにする?」
「……では、私はダイヤを」
「それならスペードにしようかな」
なんとなくハートじゃない気がするし。
「これ、二人でレジに持っていくの恥ずかしくない?」
「姉妹とか仲のいい友達くらいにしか見られませんよ」
どうやっても元男の『魔法少女』が監視役の『魔法少女』と同居しているなんて真実に行きつくわけないか。
そう納得し、レジに向かおうとして、
「――あれ? 紗季じゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね」
気品のようなものを滲ませた声の方へと振り向いてみれば、そこにいたのは見知らぬ金髪のショートボブを軽く揺らす女性。
鮮やかな赤い瞳が俺と紗季を一緒に映している。
年齢は俺と紗季よりもいくつか上だろう。
黒の長袖ブラウスに足首まで丈のある赤チェックのロングスカートという大人びた雰囲気は、その女性にとても似合っていた。
というか……この人どこかで見たことがあるような――
「お久しぶりです、
「紅奈でいいのに。そっちの子は……新人さんね?」
「えっと、はい。梼原紬です」
「一橋紅奈よ。一応、貴女よりも先輩の『魔法少女』ね」
……ん? ちょっと待って。
紅奈って……その名前、あの『魔法少女』と同じ?
「
「……紅奈って呼んで欲しい、かな」
彼女―紅奈さんは困ったように微笑みながらも、俺の推測を肯定したのだった。
一橋紅奈――『魔法少女』としての二つ名は『
政府所属のSランク『魔法少女』であり、どんな『
そんな有名人と呼ぶべき彼女と偶然遭遇する……なんてことがあるのだろうかと考えたが、クーあたりが差し向けたのだろう。
紗季と知り合いだったことは驚いたものの、流れるように「よかったら少しお話しない?」と誘われたため、ぱぱっと買い物かごに入れていたものの会計を済ませて外へ。
割れ物などもあるため、纏めて家に送ってもらうように手配したので荷物はない。
「ごめんね? 二人でお出かけ中だったよね」
「用事は済みましたので大丈夫です。紅奈さんはクーさんに言われてきたのですか?」
「……まあ、紗季ちゃんにはわかっちゃうか。私はクーに二人と会ってきて欲しい、って言われてさ。紬ちゃんは覚醒した『魔法少女』……なんだよね」
「信じられないとは思いますが……はい」
知られているならいいかと思って答えると、彼女はこちらをくまなく見た後に、「やっぱり見分けはつかないよね」と笑っていた。
「他にも覚醒した『魔法少女』と会ったことあるんだけど、本当に外見だけじゃわからないの。元々は男だった――なんて話をされても実感ないし。例えば、実は私も覚醒した『魔法少女』ですって言っても、信じられないでしょ?」
「……まあ」
「そういうわけだから、紬ちゃんはあんまり気にしてもしょうがないからね。どうせなら楽しんでみたら良いんじゃない? 自由気ままに、水を得た魚かなって思うくらいはっちゃけてる人もいるし」
そこまでは割り切れそうにないです。
でも、やっぱり俺の他にも覚醒した『魔法少女』がいるのか。
紅奈さんと知り合いってことは多分Sランクなんだろうなあ……あの中にいるの?
誰一人としてそれっぽい人がいないんだけど?
「二人とも、あのお店でもいい?」
歩いていると、紅奈さんが道沿いの店を指さす。
こんな人が選ぶ店なんだからどんなおしゃれな場所なのかと身構えていたが、看板を見て困惑してしまう。
「特大ハンバーグセット、30分で完食できたら無料……?」
「そうそう。ここのハンバーグ美味しいの」
「……私は良いですよ。紗季は?」
「構いません」
「ありがとね。ああ、支払いはこっちでするから安心して? 貴重な後輩と触れ合える時間だからさ」
紅奈さんはそう言いながら、木の板を張り付けたような扉を引いた。
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