第11話 紬って呼んでくれるんだよね


 転移で叶の家に帰ると、大崎さんは「お二人も疲れたでしょうし、主な用件は済みましたのでこれにて失礼します」とクーを連れて帰ってしまった。

 再び叶との二人だけになってしまった俺は、微妙な空気が漂っていることを察しながらも、どうすることも出来ないままテレビでニュース番組を叶と並んで座りながら一緒に流し見ている。


「…………」


 叶に悟られないよう横目で慎重に表情を盗み見てみると、淡白な眼差しがテレビへと送られていた。

 とても、結界の中で俺を静かに問い詰めて来た叶とは同一人物には見えない。


「梼原さん。どうして私を見ているのですか?」


 だが、俺の視線は叶にはバレていたようで、すっとこちらを向きながら声をかけてくる。


 穏やかな眼差し。

 僅かに小首を傾げていて、肩口で揃えられた黒髪がさらりと揺れる。


 表情が読みにくいのは昨日から変わらないけど、今はそれ以上に思考がわからない。


 俺はその答えに窮していると、


「先ほどのことでしたら気にしないでください。起こってしまったことはどうしようもありません。私は梼原さんを監視しますが、行動まで制御できるわけではありませんから」

「……えっと、俺が『魔法少女』になったことを怒ってたんじゃないの?」

「怒ってはいません。あれは私が全面的に悪かったです。私が力不足なのを見せてしまったせいで梼原さんが『魔法少女』になる決断をさせたのですから。あれではただの八つ当たりです」


 叶は目を伏せてふるふると首を振る。


 俺は叶の言葉に少なからず驚いていたが、それよりもこんなに冷静で思慮深そうな叶が八つ当たりをしたと言っていることの方が不思議でならなかった。

 たった一日しか関わりのない状態ではあるけど、叶は理性で判断して行動するタイプだと認識している。

 それが感情に左右され、もしも本当に八つ当たりをしたというのなら――案外、目に見えている姿が全てではないのかもしれない。


「……いや、せめて少しくらい相談するべきだったのかな。非常事態でそんな時間はなかったって言い訳もできるけど」

「…………その事態を招いたのは私の我儘ですが」

「そうだ。そのことも聞きたかったんだ。なんで叶は他の『魔法少女』の救援を断わったの? 相性、あんまりよくなかったんだよね」

「私が一人であの『異獣エネミー』を倒せるくらい強かったら、梼原さんは『魔法少女』になる選択をしなかったでしょう? 理由までは黙秘させてもらいますが、私は梼原さんに『魔法少女』にはなって欲しくなかったんです」


 黙秘すると言っている理由が気になるところだけど……それはその通りかもしれない。


 叶が余裕で『異獣エネミー』を倒せていたなら、少なくともあの場で『魔法少女』になるという選択はしなかったと思う。


 俺は別に英雄願望があるわけじゃない。

 たまたま戦えるだけの力が自分にあり、必死に戦う叶を失いたくなくて、それで『魔法少女』になる選択をしただけ。


 恐怖に身が竦んで戦えない可能性だってあった。

 自分の『魔法』が通用しなければ、逆に叶の足を引っ張ることになっただろう。


 結果良ければ全てよし、なんていうつもりはない。

 軽率な行動だったのは確かだ。


 でも、やっぱり一つだけ不明瞭な点があるとすれば、どうして叶が俺に『魔法少女』になって欲しくないのか、ということ。

 考えられるのは、叶は俺が『異獣エネミー』に敗北し、死ぬことを恐れているのではないだろうか。


 昨日聞いた話によると、叶の同期のほとんどは亡くなったかやめたと言っていた。

 だから、同じ目に遭って欲しくない――こう考えると筋は通っている気がする。


 とはいえ、叶に話す意思がないのなら、ただの推測の域を出ないけど。


「……ですが、梼原さんは『魔法少女』になってしまいました。しかも、一撃でCランクの『異獣エネミー』を討伐するような、強力無比な『魔法』の使い手として」

「そうだね。初めてだったけどびっくりしたよ。あんなに簡単に勝てるとは思ってなかったから」

「強いのは『魔法少女』にとって揺るぎない利点です。ですが、慢心と油断には気を付けてください。慣れてきた頃が一番危ないのですから」

「自転車と同じだね。わかってる……つもり。でも、それについては大丈夫じゃないかなって思ってる。もちろん気を付けるけど、もしものときは叶が止めてくれるんじゃないの?」


 そう。


 俺が正式に『魔法少女』として活動することになったとしても、叶が俺の監視役であることは変わらない。

 だったら『魔法少女』同士、協力するべきだと思う。


 二人で戦えば戦力も増すし、叶は監視もできる。

 正しく一石二鳥の提案じゃないだろうか。


 ……まあ、俺がちゃんと戦えると叶が納得してくれるまで時間はかかるだろうけど、そこは頑張るつもりだ。


 どうだろうか、と叶の返答を待てば、じーっと俺を無言で見つめて……はあ、と諦めたようにため息をついた。

 仕方ないですね、とでも言うような笑みを浮かべながら、それでも優しさを失わない目を向けて、


「……梼原さんが『魔法少女』になったのは私の責任でもあります。それくらいのことは引き受けましょう。ですが、これだけは覚えていてください。『魔法少女』という在り方・・・は過酷です。命の危険と隣り合わせですし、SNSではいわれのない誹りを受けることもありますし、仲間の死や環境の残酷さに精神を病むことだってあります」

「なおさら叶と一緒にいないとね」

「…………私程度ではどうしようもないことだってあります。所詮はC級。中堅と言えば聞こえはいいですが、中途半端な実力です。現状ですら梼原さんの方が戦力的には高いでしょう」

「それでも、だよ。真剣に俺を『魔法少女』にしたくないって考えてくれる叶だから、一緒にいて欲しいと思うんだ」


 心からの言葉を伝えれば、叶は視線を右往左往させ、最終的に一度瞼を伏せて一呼吸置く。

 ふっくらとした白い頬はほんのりと赤くなっていた。


「……そうですか。そう言って貰えるのは素直に嬉しいですが、やっぱり、梼原さんに『魔法少女』は向いていないと思いますよ」

「ま、精一杯頑張るからさ。よろしくね、叶」

「紗季でいいです。苗字ではいつまでも他人行儀な感じがしますから」

「そっか。じゃあ、紗季も俺のことは紬って呼んでくれるんだよね」


 ほんの少しだけ叶――紗季を名前で呼ぶのに気恥ずかしさを感じたが、それを表面上には出さないように抑え込んで意趣返しをすれば、


「……紬。これでいいですか」

「うん、ばっちり」


 叶から名前を呼ばれて、なんとなくだけど心の距離感のようなものが縮まった気がして、ゆっくりと頷いて見せる。

 すると叶はぱっと視線を逸らして「もうお昼ですか。適当に出前を取ってきます」と言い残し、そそくさとリビングを後にした。

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