第12話 変態とか思ってない?


「……やっぱりこの格好で外に出るとか無理なんだけど」


 姿見に映る自分の格好を直視しながら、俺は頬を引き攣らせながら呟いた。


 というのも――姿見に映っているのは、以前見た叶と同じ制服に身を包んだ銀髪碧眼の少女……俺である。


 長袖の白いブラウスの首元には二年生を示す青いリボンが結ばれている。

 下は当然ながら防御力の低さを否めない、膝上で揃えられたプリーツスカート。

 長い銀髪は紗季の手でハーフアップという髪型にされていた。


 正直なところ、こうして眺めている分には「可愛い女の子だなあ」という感想を抱いてしまうほどだが、それが自分となると話が変わる。


「紬が女の子で、学校に通うなら女子用の制服を着るしかありません。似合っていますから安心してください」

「それ、なんにも安心できる要素ないよね……?」


 宥めるように後ろから肩に手を置き、声をかけてくれる紗季もまた、俺と同じく制服を着ている。


 一週間、紗季は俺の監視があるために学校を休んでいた。

 その間に『魔法少女』関連の手続きや、諸々の用意を済ませたため、ようやく俺は新しく通うことになった学校へ登校できるようになったのだ。


 まあ、登校できるようになっただけで、気持ちの用意は全くできていないのだが。


「紬は何が不安なのですか?」

「そりゃあ、ちゃんと学校でやっていけるのかとか、この格好に対する抵抗感とか、女子として過ごす自信とか……」

「大丈夫です。私もフォローします。制服の抵抗感はどうしようもないので慣れてください。そもそも、紬が女子用制服を着るのは他の人からすれば当たり前なので、気にするだけ無駄ですよ」

「そうかもしれないけどさ……こう、自分とのズレっていうか、『あー……これ今女装してるように見えてるのかなあ』って意識が抜けなくて」


 俺は『魔法少女』に覚醒してからというもの、女の子の服装で過ごしている。

 正しくは過ごすしかなくなっている、だろうか。


 紗季と同居することになってから運び込まれた俺の服は全てが当たり前のように女性ものばかり。

 しかも、ワンピースとかスカートとか、妙にひらひらとしたものが多い。

 理由を紗季に聞いたことはあったが、曰く「運び込んだ人の趣味かと」と平然と言っていた。


 ……つまり、諸悪の根源はもしかすると大崎さん?

 荷物を運びこむ段階で俺の容姿を知っていたのは紗季と大崎さんしかいない。


 今度会ったら聞いてみよう。

 大崎さんには色々とお世話になってるから怒るようなことはしたくないけど、最低限のお話・・はしておきたい。


「女装は男性がすることですよ。というか、普通に女性用の下着を履いているに何を言っているんですか?」

「必要に迫られてるだけだからね???? 流石にノーパンは痴女だし、上は……ほら。安全対策的な面が大きいし」


 そう。


 紗季の言う通り、下着は女性ものを履いている。

 これには色々と複雑な理由があるのだが……もう、そういうものだと半ば諦めているので意識的に気にしないようにしていた。


 ただ、毎回着替えのとき紗季に手伝ってもらうわけにもいかないので、着け方はちゃんと覚えたけど。

 女性の谷間には並々ならぬ努力が費やされていると知り、素直に凄いなと思ってしまった。


 俺? 谷間を作るほどの胸はないぞ。

 別に悔しくなんてないけど?


 ……お風呂で紗季の胸を見てしまうたび、そこはかとない敗北感を覚えてしまうのは、自然に他人と比べてしまっているからであって、決して負け惜しみとかではない。


 絶対に、だ。


「紬。くれぐれも、言動には気を付けてくださいね」

「わかってる。自分のことは私って言うし、脚を広げて座ったりもしない。トイレも女子トイレを使う。……変態とか思ってない?」

「そう思っていたら紬と一緒にお風呂に入っていません」

「……それもそっか」


 一言で納得させられた俺はふっと笑って――鏡に映るその表情が、とても自然だったことに気づく。


 こうして自分の笑顔を見たのは、いつ以来だろうか。


「ああ、そうだ。紬は『魔法少女』であることを公表しますか?」

「しないつもりだったけど……どうして?」

「『魔法少女』として活動していれば、そのうち知られることになるので。私も知られていますし、学校でも関係を持つことになるので、辿り着くにはそう時間がかからないかと」

「あー……ちなみに大崎さんとかクーは何か言ってた?」

「紬に任せるとだけ。私は公表しておいていいと思います。政府所属なら『魔法少女』としての活動を理由に学校を公欠になることもあるので、いずれバレるかと」


 紗季の言い分はもっともだと思った。


 政府所属の『魔法少女』として活動するなら、なるべく自由に動けたほうがいい。


「というか、そもそも俺の場合は髪の色でわかるんじゃない?」

「一応アルビノの可能性も説明しなければ排除されないと思いますが……そうですね。『魔法少女』は自分の魔力によって身体に何かしらの変化がありますから」


 人間であれば男女共に魔力は持っている。

 とはいえ、男は魔力があっても『魔法』を扱えないため無用の長物であり、女でも『魔法少女』に慣れるほど適性の高い人は少ない。


 その代わり、『魔法』を操れる存在……『魔法少女』になると、高い適性と魔力の質が影響し、髪や瞳の色合いが普通の人とは変わってくる。

 だから『魔法少女』は外から見ても割とわかりやすい。


 俺も髪は白銀色で、瞳は日本人離れした空色。

 これでは自分から『魔法少女』ですと喧伝しているようなものだ。


 紗季は黒髪黒目だけど、そういう魔力の質だったのだろう。

 正直、ちょっと安心する。


「……そういうことなら学校では隠さない方針でいいかな。紗季と一緒に動けるようにしておいた方が良さそうだし」

「それはそうかもしれません。もしも面倒な方に絡まれたらすぐに呼んでください。『魔法少女』は良くも悪くも人目を引きますから」

「うん。ありがと、紗季」

「監視役である以上、滅多なことでは紬から目を離さないつもりではありますけど、何事にも不測の事態は存在するでしょうし」


 それには率直に頷けるけど、堂々とストーカー発言をするのはどうなんだろう。


 いや、もう慣れてきたけどさ。


「準備ができたのならそろそろ行きましょう」

「そうだね」


 鏡の前から姿を消して、通学に必要なものを纏めた手提げ鞄を持つ。

 新品のローファーを履き、最後に服装を指さし確認。


 リボンよし、スカート丈も……あんまりよくはないけどよし。

 髪も乱れてないし、乾燥予防のリップもした。


 確認も終えたところで玄関の扉を開けてマンションの外に出ると、夏の近さを感じさせる眩しい太陽の光が降り注いでいる。


 ちょっとだけ立ち止まっていると、


「どうしましたか?」

「いや……なんていうか、緊張しちゃって」

「大丈夫、私もいます」

「……そうだね。うん。大丈夫な気がしてきた」


 隣で励ましてくれる紗季がいるのなら、とぎこちなく笑って頷き、遅刻しないように学校への道を歩き始めた。

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