第10話 優しすぎる理由ですね
「……これ、大丈夫なんですか?」
「いんや、ちょっとばかし拙い。押されてるのは紗季の嬢ちゃんの方や」
色々と話を聞きながら叶の戦いを観ていた俺だったが、そこはかとなく感じていた疑問をぶつけると、クーは緊張を湛えた渋い声で口にした。
叶が牛の『
序盤は叶がペースを握っているように思われたが、牛の再生能力と奇妙な『魔法』によって持久戦を強いられる形となった。
結果、体力的な差が浮き彫りとなり、次第に叶が押され始めている。
まだ目立ったダメージはないものの、何度も牛の攻撃が叶を掠めていて、表情から余裕がなくなっていた。
「応援は呼べないんですか」
「呼ぼうとしたんやけど……紗季の嬢ちゃんが断わっとるんや」
「なんで……っ」
「理由まではわかりません。ですが、そろそろ強引にでも介入させるべきかと」
「ワイもそう考えてたところや。ただ……あの牛の『
クーはそこまで言って口を閉ざす。
『魔法少女』の戦いは本人の強さも大事だが、相性も引けを取らないくらい大切だ。
だから、大抵の『魔法少女』は自分と相性の悪い『
それを敵前逃亡と非難できるのは、何も考えていない人だけだろう。
「ワイの見立てやけど、あの牛の『魔法』は空間に作用するものや。紗季の嬢ちゃんの攻撃が見た目通りに命中しないのも、空間を歪めたことで場所をずらしてるからと考えれば辻褄は合う」
「どうにかならないんですかっ!?」
「こういうのは『魔法』の規模でごり押すのが一番楽や。歪めても意味のないくらいの飽和攻撃なら倒せるやろ。せやけど、紗季の嬢ちゃんには難しい。出来なくはないやろうけど、失敗したときのリスクを考えると悪手や」
それはつまり、このままでは叶が勝つのは難しいってことじゃないのか?
なら、どうして叶は救援も断って一人で戦い続けている?
あの叶が自分の不利を理解できないとは思えない。
「……このまま戦ったら、叶は負けますか」
「ああ。確実に、動きが鈍ったところを嬲られるやろなあ」
ぞわりと、背中を嫌な震えが駆け上がった。
喉の奥で息が詰まる。
自然に手に力が入って、爪が手のひらに強く食い込む。
だってそれは、このまま観ていたら、叶が死ぬと言っているようなもので。
俺はまた、目の前で誰かを失うのか……?
「…………嫌だ」
「増援を出すのは慎重にならんといかん。出すなら確実に倒せる『魔法少女』やないと意味がない」
「――俺なら、あの牛を倒せますか」
気づけば、そんなことを口にしていた。
クーと大崎さんの視線が一気に集中する。
でも、そんなことはどうでもいい。
「どうなんですか、クー」
もう一度クーに尋ねれば、器用に座りながら前足を組んで少しだけ沈黙し、
「倒せる。紬の嬢ちゃんの魔力量なら余裕や」
人懐っこく笑って、確信したように言った。
なら、もう迷う必要はない。
「なら、俺に行かせてください」
「本当に、それでいいんやな?」
「はい」
「ちょっと待ってくださいっ! まだ正式な契約の方が――」
「ワイが責任とるから勘弁しい。そも、元から紬の嬢ちゃんを勧誘しにきたんやろ? 遅かれ早かれや」
「……クーさんがそう言うのなら、任せます」
「ほな決まりや。紬の嬢ちゃん、手ぇ出しや。初陣やから、ワイがお供したる」
「ありがとう」
間髪入れずにクーの手を取ると、「いくでぇ……!」と声がかかり、視界が白く染まって――気づけば、叶が『
戦っている最中だった叶は俺とクーが転移してきたことに気づいたのか、こっちを振り向き、目が合う。
叶は両目を見開いて、何かを悔いるように上唇を噛んでいた。
牛の攻撃を的確に捌きながら、
「どうして来たんですかっ!! 梼原さんっ!!」
珍しく、張り裂けそうなほどの声量で叶が叫ぶ。
その声と表情には必死さが窺えた。
でも、それを見て、思ってしまったんだ。
来てよかったって。
「紬の嬢ちゃん、怖いか?」
「怖いよ。当たり前でしょ」
「そうやな。当たり前や。自分に嘘をつく必要はあらへん。素直なんはええことや」
「でも……戦うよ。もう、誰も失いたくないんだ」
「その意気や。『魔法』の使い方はわかるか?」
「……なんとなくなら」
「ならええ。好きにやってこい!」
背中を後押しする言葉と共に、クーは前足を掲げた。
俺は、ゆっくりと純白の鞘から剣を抜く。
白銀の剣身。
そこに映る自分の顔を見ていると、あの日のことを思い出す。
でも今は――『魔法』がある。
俺は『魔法少女』なんだ。
だったら、戦える。
「――断ち斬る」
腰だめに剣を構え、精一杯に踏み込む。
たったそれだけの動作で、俺の身体は風になった。
身体が軽い。
世界の流れが遅く感じる。
これが『魔法少女』の力……!
感動している間に、目の前に牛の『
かちり、と何かが切り替わる感覚。
自らの『魔法』である斬撃を意識すると、見えない力が剣に宿ったのを感覚的に理解する。
いける。
確信に突き動かされるように、両手で握った剣を袈裟斬りで振り下した。
不意を突かれた牛はしかし、不敵に嗤って自らの『魔法』で防御を図った。
だが――俺の剣は止まらず、薄い皮のようなものを斬った感覚を最後に、全くの抵抗感なく牛の身体を斜めに切り裂いた。
驚愕に見開かれる牛の双眸。
遅れて切り口が開き、血が溢れ、身体が二つに分かたれる。
グロテスクな光景に忌避感を覚えるかと思ったが、意外にもそんなことはなく、濃厚な鉄臭さに眉を寄せるだけだった。
『魔法少女』の変身にそういう効果があるのかもしれない。
「随分あっさり倒せちゃったね」
「『魔法』の効果を見るに最低でもB級はありそうやな」
「それ、高いの?」
「割合にすれば上位二割には入るで」
覚醒した『魔法少女』って強過ぎない……?
普通はF級から『
実際、そうなのだろう。
だって……相性の問題もあるとはいえ、二年も『魔法少女』を続けている叶が苦戦した『
そんな風に考えていると、こっちへ駆け寄ってくる足音。
顔を上げれば感情の読めない表情をした叶が、真剣な眼差しのまま口を開く。
「……梼原さん。助けていただいたことは感謝します。ですが、それでも言わせてください。どうして『魔法少女』になったんですか」
「誰かを助けられる力があるのに、手を伸ばさないなんて選択肢は選べない。もう、目の前で誰かを失いたくないんだ」
「昨日、初めて会った人でも、ですか」
「ああ」
間を置かずに答えると叶は無言になって――諦観を伴った笑みを浮かべた。
「優しすぎる理由ですね。やっぱり、梼原さんは『魔法少女』には向いていないと思います」
「…………」
「なんにせよ、『
「あいよ」
クーに話しかける叶の表情と声の調子は淡白なもので、俺に向けられていた感情との差異に引っ掛かりを感じながらも、転移で結界を後にした。
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