第10話 優しすぎる理由ですね


「……これ、大丈夫なんですか?」

「いんや、ちょっとばかし拙い。押されてるのは紗季の嬢ちゃんの方や」


 色々と話を聞きながら叶の戦いを観ていた俺だったが、そこはかとなく感じていた疑問をぶつけると、クーは緊張を湛えた渋い声で口にした。


 叶が牛の『異獣エネミー』と戦い始めておよそ三十分。

 序盤は叶がペースを握っているように思われたが、牛の再生能力と奇妙な『魔法』によって持久戦を強いられる形となった。

 結果、体力的な差が浮き彫りとなり、次第に叶が押され始めている。


 まだ目立ったダメージはないものの、何度も牛の攻撃が叶を掠めていて、表情から余裕がなくなっていた。


「応援は呼べないんですか」

「呼ぼうとしたんやけど……紗季の嬢ちゃんが断わっとるんや」

「なんで……っ」

「理由まではわかりません。ですが、そろそろ強引にでも介入させるべきかと」

「ワイもそう考えてたところや。ただ……あの牛の『異獣エネミー』に有効は『魔法』を持うとる、この辺の『魔法少女』となると……」


 クーはそこまで言って口を閉ざす。


『魔法少女』の戦いは本人の強さも大事だが、相性も引けを取らないくらい大切だ。

 だから、大抵の『魔法少女』は自分と相性の悪い『異獣エネミー』と交戦してしまった場合、他の『魔法少女』の到着を待って結界の所有権を変更し、退却する。


 それを敵前逃亡と非難できるのは、何も考えていない人だけだろう。


「ワイの見立てやけど、あの牛の『魔法』は空間に作用するものや。紗季の嬢ちゃんの攻撃が見た目通りに命中しないのも、空間を歪めたことで場所をずらしてるからと考えれば辻褄は合う」

「どうにかならないんですかっ!?」

「こういうのは『魔法』の規模でごり押すのが一番楽や。歪めても意味のないくらいの飽和攻撃なら倒せるやろ。せやけど、紗季の嬢ちゃんには難しい。出来なくはないやろうけど、失敗したときのリスクを考えると悪手や」


 それはつまり、このままでは叶が勝つのは難しいってことじゃないのか?


 なら、どうして叶は救援も断って一人で戦い続けている?


 あの叶が自分の不利を理解できないとは思えない。


「……このまま戦ったら、叶は負けますか」

「ああ。確実に、動きが鈍ったところを嬲られるやろなあ」


 ぞわりと、背中を嫌な震えが駆け上がった。

 喉の奥で息が詰まる。

 自然に手に力が入って、爪が手のひらに強く食い込む。


 だってそれは、このまま観ていたら、叶が死ぬと言っているようなもので。


 俺はまた、目の前で誰かを失うのか……?


「…………嫌だ」

「増援を出すのは慎重にならんといかん。出すなら確実に倒せる『魔法少女』やないと意味がない」

「――俺なら、あの牛を倒せますか」


 気づけば、そんなことを口にしていた。


 クーと大崎さんの視線が一気に集中する。


 でも、そんなことはどうでもいい。


「どうなんですか、クー」


 もう一度クーに尋ねれば、器用に座りながら前足を組んで少しだけ沈黙し、


「倒せる。紬の嬢ちゃんの魔力量なら余裕や」


 人懐っこく笑って、確信したように言った。


 なら、もう迷う必要はない。


「なら、俺に行かせてください」

「本当に、それでいいんやな?」

「はい」

「ちょっと待ってくださいっ! まだ正式な契約の方が――」

「ワイが責任とるから勘弁しい。そも、元から紬の嬢ちゃんを勧誘しにきたんやろ? 遅かれ早かれや」

「……クーさんがそう言うのなら、任せます」

「ほな決まりや。紬の嬢ちゃん、手ぇ出しや。初陣やから、ワイがお供したる」

「ありがとう」


 間髪入れずにクーの手を取ると、「いくでぇ……!」と声がかかり、視界が白く染まって――気づけば、叶が『異獣エネミー』と戦う結界の中にいた。


 戦っている最中だった叶は俺とクーが転移してきたことに気づいたのか、こっちを振り向き、目が合う。


 叶は両目を見開いて、何かを悔いるように上唇を噛んでいた。

 牛の攻撃を的確に捌きながら、


「どうして来たんですかっ!! 梼原さんっ!!」


 珍しく、張り裂けそうなほどの声量で叶が叫ぶ。

 その声と表情には必死さが窺えた。


 でも、それを見て、思ってしまったんだ。


 来てよかったって。


「紬の嬢ちゃん、怖いか?」

「怖いよ。当たり前でしょ」

「そうやな。当たり前や。自分に嘘をつく必要はあらへん。素直なんはええことや」

「でも……戦うよ。もう、誰も失いたくないんだ」

「その意気や。『魔法』の使い方はわかるか?」

「……なんとなくなら」

「ならええ。好きにやってこい!」


 背中を後押しする言葉と共に、クーは前足を掲げた。


 俺は、ゆっくりと純白の鞘から剣を抜く。

 白銀の剣身。

 そこに映る自分の顔を見ていると、あの日のことを思い出す。


 でも今は――『魔法』がある。


 俺は『魔法少女』なんだ。


 だったら、戦える。


「――断ち斬る」


 腰だめに剣を構え、精一杯に踏み込む。

 たったそれだけの動作で、俺の身体は風になった。


 身体が軽い。

 世界の流れが遅く感じる。


 これが『魔法少女』の力……!


 感動している間に、目の前に牛の『異獣エネミー』の体躯が迫っていた。

 かちり、と何かが切り替わる感覚。

 自らの『魔法』である斬撃を意識すると、見えない力が剣に宿ったのを感覚的に理解する。


 いける。


 確信に突き動かされるように、両手で握った剣を袈裟斬りで振り下した。


 不意を突かれた牛はしかし、不敵に嗤って自らの『魔法』で防御を図った。

 だが――俺の剣は止まらず、薄い皮のようなものを斬った感覚を最後に、全くの抵抗感なく牛の身体を斜めに切り裂いた。


 驚愕に見開かれる牛の双眸。

 遅れて切り口が開き、血が溢れ、身体が二つに分かたれる。


 グロテスクな光景に忌避感を覚えるかと思ったが、意外にもそんなことはなく、濃厚な鉄臭さに眉を寄せるだけだった。

『魔法少女』の変身にそういう効果があるのかもしれない。


「随分あっさり倒せちゃったね」

「『魔法』の効果を見るに最低でもB級はありそうやな」

「それ、高いの?」

「割合にすれば上位二割には入るで」


 覚醒した『魔法少女』って強過ぎない……?


 普通はF級から『異獣エネミー』と戦って実力を上げていくのに、何段も過程をすっ飛ばした気がする。

 実際、そうなのだろう。


 だって……相性の問題もあるとはいえ、二年も『魔法少女』を続けている叶が苦戦した『異獣エネミー』を一撃で倒してしまったのだから。


 そんな風に考えていると、こっちへ駆け寄ってくる足音。

 顔を上げれば感情の読めない表情をした叶が、真剣な眼差しのまま口を開く。


「……梼原さん。助けていただいたことは感謝します。ですが、それでも言わせてください。どうして『魔法少女』になったんですか」

「誰かを助けられる力があるのに、手を伸ばさないなんて選択肢は選べない。もう、目の前で誰かを失いたくないんだ」

「昨日、初めて会った人でも、ですか」

「ああ」


 間を置かずに答えると叶は無言になって――諦観を伴った笑みを浮かべた。


「優しすぎる理由ですね。やっぱり、梼原さんは『魔法少女』には向いていないと思います」

「…………」

「なんにせよ、『異獣エネミー』を倒したなら帰りましょう。クーさん、転移をお願いします」

「あいよ」


 クーに話しかける叶の表情と声の調子は淡白なもので、俺に向けられていた感情との差異に引っ掛かりを感じながらも、転移で結界を後にした。

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