第9話 つまらない自己満足だとしても


異獣エネミー』の強さはF級からS級の七段階に分類される。

 今回『窕門ヴォイドゲート』を通って出現した推定D級の『異獣エネミー』を分類に当てはめると大体真ん中くらいの強さとなるが、実際はそれよりも少し上程度の強さだろうと叶は推測する。

 というのも、ピラミッド方式で出現頻度が低くなり、『異獣エネミー』の戦闘力が向上するからだ。


 現在C級……中堅の『魔法少女』である叶にとってD級の『異獣エネミー』は油断ならない相手。

 基本的に『魔法少女』は一つ下のランクの『異獣エネミー』と戦う。

 上のランクの『異獣エネミー』に挑戦するには、戦闘経験を積んでクーから太鼓判を貰う必要がある。

 非常事態ならそうとも言っていられないのだが、どちらにしろ『魔法少女』の昇格戦の勝率はランクが上がるにつれて落ち込む。


 クーの転移で送り込まれたのは街からちょっと外れた道路のど真ん中。

 転移と同時に『魔法少女』が戦う舞台となる結界が作動し、薄い膜のようなものが周囲を覆ったのを感覚的に察知する。


 幸いなことに車の往来は少なく、運悪く巻き込まれた人は早くも車を抜け出して結界の外へと走り去ろうとしていた。


「――『纏いし影はうつろいて』」


 叶は転移が終わると、自らの変身のワードを呟く。

 瞬間、彼女の身体を溢れた魔力が覆い、『魔法少女』としての姿へ変える。


 変身に異常がないことを確かめると、叶は視線を『異獣エネミー』へ投げた。


「……見たところ武器の類いはなし。格闘が主体でしょうか」


 叶の視線の先には今回現れた牛型の『異獣エネミー』。

 牛型は逃げる人を襲おうとしていたのだろうが、叶が現れたことにより優先順位が変更される。


 普通の人間よりも魔力に富んだ『魔法少女』は、『異獣エネミー』にとって効率的な糧になるのだ。


 叶は結界内で位相がズレた世界で低く唸る牛の『異獣エネミー』と相対しながら冷静に観察し、頭の中で戦闘の展開を組み立てる。


 それから右手でスカートの裾を払い、太ももに巻かれたガーターリングに備えられた三本のナイフのうち、いつものように一本を抜き取って逆手に構える。


 刃物の強度としては頼りなさを感じるナイフが叶の武装。

 グリップを何度か握り直して確かめ、緊張を遠ざけるように細く長く息を吐く。


「この戦いも観られているでしょうし……なるべく早めに片付けましょう」


 基本的に『魔法少女』の戦いは放送されている。

 スプラッターなシーンはモザイクなどの処理がされるのだが、だとしても、自分が戦っているのを見世物のように扱われるのにいい気はしない。

 それも『魔法少女』のイメージ戦略と言われてしまえば叶としても納得せざるを得えず、なるべく気にしないことにしていた。


 気持ちを切り替えるように二度、呼吸を整えると、身体を前に傾け――軽やかに踏み込んだ。

 影を残して消える叶の姿。

 次の瞬間、叶は牛の背後に回ってナイフをコンパクトに振りかぶった。


 その一撃を牛は知覚できなかったはずだが、野生の本能とでも言うべき超反応で振り向きざまに剛腕で薙ぎ払った。

 叶は回避を優先し、軌道から逃れるようにしゃがみこみながらも筋肉が盛り上がった背中をナイフの刃で撫で切る。


 すっと抵抗なく通った刃。

 鮮血が浅い切り口に滲む。


 それとほぼ同時に頭上すれすれを牛の腕が通り過ぎる。

 風圧で髪が僅かに乱れるも、叶は気にする様子もないままナイフを振り抜いた腰のねじれを利用し、勢いをつけてナイフの切先を背中へ突きたてた。


「Vumooooooooooooooooooo‼‼⁉⁉⁉」


 耳を劈く咆哮に叶は顔を顰めながら、一撃離脱を心掛けるように素早くナイフを引き抜いてバックステップで距離を取った。

 だが――怒り狂った牛は叶に向かって猛然と突っ込んでいく。


 それを叶は予期していたのか、ナイフを順手に持ち替えてから腰だめに構えて、


「――『影太刀』」


 宣言。


 瞬間――ナイフが黒い影に包まれ、その形を大きく変えた。


 叶が握っているのは目測で二尺ほどの、影で出来た打ち刀。

 抜身のそれを居合のように構え、首を狙い踏み込みの勢いを乗せて振り抜いた。


 閃く漆黒の斬撃。


 それは牛へと辿り着く前に捻じ曲がり、牛の腹に深々と一条の傷跡が刻まれた。

 手ごたえはあったが、狙い通りの首からは大きくずれたことに眉を寄せる叶。


 しかも、驚くべきことに、早くも傷が再生を始めている。


「再生とは厄介ですね。ですが、『魔法』は恐らく別。首を狙ったはずなのに外されました・・・・・・


 どうしたものか、と叶は考える。


 攻撃を無力化されている訳ではない。

 ただ、当たり所がずらされる。


 言ってしまえばたったそれだけの現象が、戦況を狂わせる。


「順当に考えるなら広域殲滅の出来る『魔法少女』にクーさん経由で救援を要請するのがいいでしょうけど……あまり期待は出来ませんね。この辺りに『魔法少女』は少ないですし」


 叶は牛との距離感を維持しながら思考を声に出して整理する。


 攻撃の手を止めていることに牛は有利を確信したのか、歯茎を見せて威嚇するように嗤っていた。


「……ですが、この一戦に限っては、私だけが戦わなければならない。絶対に。つまらない自己満足だとしても」


 自分の中に燻る恐怖を宥め、言い聞かせるように呟き、叶はナイフを逆手に持ち直して牛の懐へ飛び込んだ。

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