第7話 俗にいうマスコット


「――起きてください、梼原さん」


 誰かの声が聞こえて、身体が優しく揺すられる。

 その感覚を懐かしく思いながらいつの間にか閉じていた瞼を開ければ――黒髪の少女が俺のことを覗き込んでいた。


 吸い込まれるような黒い瞳に意識が集中して……はっと昨日のことを思い出す。


 俺は昨日の朝、目覚めたら銀髪碧眼の女の子になっていて、叶紗季の監視の元で同居をすることになったんだった。


「……おはよう、叶。今何時?」

「午前八時を過ぎたくらいです」

「今日って平日だよね。学校は良いの?」

「梼原さんの監視は『魔法少女』の仕事として公欠扱いになりますから。勉強に関しては問題ありません。今年の範囲は先取りしていますので」

「そっか……」


 どうやら俺とは違って叶は成績優秀らしい。


「それより、昨日は眠れませんでしたか? まだ眠そうに見えます」

「うーん……まあ、あんまり寝られなかったのはそうだけど、二度寝したらいつ起きれるかわからないから」


 欠伸を一つして、ゆっくりと起き上がる。

 伸びをすれば背中がパキパキと軽く鳴った。


「それにしても……やっぱり女の子のままだったね」

「残念ながら。着替えはそこに置いてあるのを着てください。朝食は先ほどコンビニで買ってきましたので、そちらで大丈夫ですか?」

「うん。ありがと」

「私はリビングの方で待っていますので」

「なるべく待たせないようにするよ」


 叶は背を向けて寝室を後にする。

 一人残された俺はため息をついてベッドから起き上がり、叶が用意してくれた着替えを広げてみた。


 太ももが半分くらいしか隠れない黒のキュロットスカートと、オーバーサイズの白いパーカー。

 季節的には寒いと感じないだろうし、これくらいなら耐えられる露出度合いだ。


 ……下着の時点で尺度が壊れてしまった気がするけど、それはそれ。


 心を無にして寝間着に使っていたワンピースを脱ぎ、ぱぱっと着替えを済ませてリビングに顔を出した。

 ちゃぶ台にはコンビニの袋が乗ったままで、叶は思考の読めない表情でテレビのニュースを眺めている。

 どうやら俺が来るまで叶は食べずに待っていたらしい。


「ごめん、待たせた」


 一声かければ、叶は上から下へと視線を巡らせて。


「着替え、似合っていますよ。ですが……先に寝癖も整えましょうか。こっちに来てください」


 立ちあがった叶に手を引かれて洗面所に向かい、跳ねていた寝癖を直してもらってからリビングに戻る。

 これくらいは自分で出来るのになあ、と思いながらも、寝起きで判断力が鈍っていたため、されるがままに受け入れた。


「買ってきたのはサンドウィッチです。たまごと照り焼きチキン、それからフルーツサンド。全部二つずつあるので食べられそうなものからどうぞ」


 そう言うなり叶はたまごサンドの包みを開けて、「いただきます」と挨拶をしてから食べ始めた。

 俺はどうしようかと迷ったが照り焼きチキンを選んで、続くように挨拶をしてから口をつける。


「食べながらでいいので聞いてください。今日は午前中から『魔法少女管理局』の職員が来ることになっています。内容は梼原さんの戸籍や学校に関する連絡と、政府所属の『魔法少女』として活動してもらうための打診です」

「なるほど。つまり、考えることは『魔法少女』として活動するかどうかだけ?」

「そうなります。もちろん、一度で頷いてもらえるとは思っていないでしょう。ですが、受けるメリットもあります」


 一旦叶は水を飲んで間をおき、話を再開する。


「まず、『異獣エネミー』を討伐することで得られる報奨金。これは『異獣エネミー』のランクによって変わりますが、最低ランクでも一体でサラリーマンの月収以上は貰えます」

「……それは、高いの?」

「命の危険と秤にかけた時、どちらに傾くかは人それぞれでしょう。次に、政府の支援を受けられます。住居や学校関係もその一環ですね。一生『魔法少女』を続けられるわけではありませんから」


 それはその通りだと思う。


『魔法』を扱えるピークは十代の後半で、そこからは徐々に弱体化して二十代前半を超えると『魔法少女』として戦えるほどの力はなくなる。

 そうでなくても怪我や心の病、それらを通り越して殉職なんてことも日常茶飯事のように起こるのが『魔法少女』の現実。


「また、梼原さんの場合、『魔法少女』として安定して活動できるとなれば、私の監視も緩むことになるでしょう」

「……なるほど。力が制御できるなら、監視も要らないからね」

「そういうことです。『魔法』が残っている限り完全になくなることはありませんが」


 一見するとメリットの方が多いように思えるけど、それは額面上での話。

 心情的なものは考慮されていない。


「私としてはどちらでも構いません。昨日、梼原さんは『魔法少女』に向いていないと言いましたが、強い『魔法』を顕現させるのは確実です。『異獣エネミー』に後れを取ることはそうそうないでしょう」

「……そういえば、どうやって自分の『魔法』を知るの?」

「『魔法少女』の守秘義務に関わるので私からはお話できませんが、それについても『魔法少女管理局』の職員から話があると思います」


 本当に『魔法少女』として戦うかはともかくとして、自分の『魔法』がどんなものかは興味がある。


 そんな風に話をしながらも朝食を済ませて少しすると、ピンポーンと来客を告げるチャイムが響いた。


「どうやら来たみたいです」


 叶が玄関に行って鍵を開け、一緒になってリビングに姿を見せたのは昨日も俺を迎えに来た大崎さんと、彼女に抱きかかえられている尻尾が四つに分かれた黒猫。


「おう。覚醒したんはそこの銀髪嬢ちゃんか? ワイはクー。見ての通り黒猫の――俗にいうマスコットや」


 渋い声で簡単に自己紹介をした黒猫……クーは、人懐っこさを表すように口角を上げて笑うのだった。

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