第4話 可愛らしい容姿の少女=俺
「おじゃましまーす……」
恐る恐る入った叶の家は、とても綺麗だった。
玄関には必要最低限と思われるミュールが一足。
掃除もちゃんとしているのか埃一つとして見当たらない。
シューズクロークには他に同じようなミュールが一足と、ミントの芳香剤が置いてあるだけ。
最早綺麗というよりも生活感がないと表現するべきなのかもしれない。
俺は気後れしながらもぶかぶかのスニーカーを脱いで、叶の後を追って短い廊下を歩き、リビングに足を踏みいれる。
「……ねえ、これ間取りどうなってるの?」
「2LDKです。こんなに広くなくていいんですけど、このマンションは政府が管理している関係で半ば強制的に借りています。『魔法少女』にはセキュリティーがちゃんとした場所で暮らして欲しいんでしょう」
何でもない風に叶は言うが、2LDKともなれば家賃は相当なものだろう。
しかも、そこに同い年――高校生が一人で暮らしていたのだから驚きだ。
『魔法少女』の報酬からすればこのくらいは何でもないのかもしれないけど。
広々としたリビングにあったのは小さめのテレビと、なぜかフローリングに似合わないちゃぶ台が一つ。
それ以外に目立つものはなく、カーペットが敷いてあるだけ。
とてもではないが、女の子が住んでいる家のリビングとは思えなかった。
「梼原さんはゆっくりしていてください。お茶を淹れてきます」
叶はそう言い残してキッチンの方へと消えていく。
……えっと、とりあえずちゃぶ台のところで座ってたらいいのかな。
しばらくして、叶は急須となぜか洋風のカップを二つ持ってくる。
「緑茶です。飲めますか?」
「大丈夫だよ」
「ならよかったです」
叶は俺の対面に座って、手馴れた様子でカップに緑茶を注いでいく。
落ち着く香りが湯気に乗って立ち上り、自然と頬が緩んでしまう。
目の前に差し出された一つのカップを手に取り、試しに飲んでみれば――美味しい。
上手く言えないけど、これ相当良い茶葉とか使ってるんじゃない?
「……さて。改めて自己紹介をしましょうか。私は
「えっと、俺は
「事前の情報通りですね。加えて言えば、両親は二年前の『
「……そんなことまで知ってるんだ」
「病院で検査結果を待っている間に『管理局』の方で調べていましたので」
俺のような特殊事例で『魔法少女』に覚醒した人の詳細を洗い出すのは当たり前なんだろうけど、プライバシーとかそういうのはないらしい。
個人の秘密よりも公共の利益の方が優先だと判断されたのだろうか。
……あり得る。
なにせ、覚醒した『魔法少女』は制御のできない兵器と同じ。
扱い方を知っておくに越したことはない。
「安心してください。悪いようには使われません。政府は悪の組織ではありませんから」
「まあ、そこの心配はしてないんだけど。叶はいいの? こんなことで俺と……男とその日のうちに同居なんて」
「仕事ですし、既に言ったはずですが、私は男性としての梼原さんを知りません。私からは普通の女の子にしか見えませんよ。それに……いえ、なんでもありません」
叶は確かに何かを言おうとして、だが、結局口にすることなくフルフルと首を横に振って緑茶で喉を潤した。
「とにかく、梼原さんは何も心配しなくて大丈夫です。生活に必要な物もここに来るまでで運び込んでくれたみたいですし」
「え?」
「服のサイズは病院で測りましたから。日用品も問題ありません。今は前の家に残された通帳や印鑑なんかの大事なものを回収している最中じゃないでしょうか」
「あー……もう帰れないんだよね。高校はどうなるんだろ」
「そのことですが、高校は……多分、転校でしょうね。事情が事情ですから。私と同じ高校の、同じクラスに編入という形になるかと思います」
編入か……それも監視の一環なんだろうな。
ん? ちょっと待って。
「もしかしなくても、俺って女子として編入することになる?」
「何を当たり前のことを言っているんですか? 今の梼原さんはどこからどう見ても、生物学的にも女性です。それ以外ありませんよ」
「……てことは、制服もスカート?」
「はい」
……なんということでしょう。
「どうにか男子制服を着られない?」
「ダメです。慣れてください。現状では男性に戻る方法なんてないんですから」
「それはそうだけど……」
「今の梼原さんはどこからどう見ても可愛らしい女の子です。女子制服を着ていたところで、誰も不審に思いませんよ。むしろ、男子制服を着ていた方が注目を集めてしまうかと」
「………………」
俺はふと、朝鏡に映っていた自分の姿を思い出す。
透き通るような白い肌と、長い白銀色の髪。
背も縮んで、慎ましいながらも胸があり、体躯は華奢。
確実に男とは思われない可愛らしい容姿の少女=俺である。
こんな女の子が男の格好をしていたらそれはそれで似合うかも知れないけど、いらない注目はされそうだ。
……今からもう気が重いな。
「それはそうと、お腹、空いていませんか? お昼も食べないまま検査続きでしたし」
「空いてるけど……」
「では、少し早いですが夕ご飯にしましょうか」
そう提案し、叶は一人でキッチンに向かい――
「材料がありませんでした。今日は出前にしましょう。何がいいですか?」
「いや、俺、お金ないし」
「私が出すので気にしないでください」
「……なんか、ごめん」
「どうせ経費で落ちるので問題ありません。では、お寿司を頼むことにします。梼原さんも食べてください。これならいいですよね」
半ば強引に決定されれば止めるのも難しく、今日の夕飯はお寿司になるのだった。
ちなみに凄く美味しかった。
もしかしなくてもめちゃくちゃ高いのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます