第3話 監視役の同居人
事の始まりは十三年前。
突如、世界中で
幻想的な光を放つ亀裂から降り立ったのは、地球上の生物ではない異形。
それは破壊と殺戮の限りを尽くし、日本では自衛隊がその対応に奔走した。
結果としては多大な被害を受けたものの、辛うじて国家機能を存続させることに成功する。
その日――『始まりの日』と呼ばれた出来事を境に、世界中で不定期に裂け目が生まれ始めた。
『
人々は世界の終わりだと嘆いたが、変化はそれだけではなかった。
開闢の日から数日後、不思議な力がごく限られた世界中の少女に宿ったのだ。
創作の世界でしか存在しえなかった魔法を用いて、彼女たちは『異獣』と戦い始めた。
後に『魔法少女』と呼ばれる存在の先駆けである。
『始まりの日』以来、若い少女にのみ『魔法』を操る力が備わった。
なぜ若い少女だけなのかは解明されていないが、重要なのは『
各国は競うように『魔法少女』の育成や囲い込みを始め、いつ現れるかもわからない『
日本もまたその例に漏れず、日夜『魔法少女』が平穏な生活を守るために戦っているのだ。
「……とまあ、この辺の話は
「まあね。誰でも習うことだし」
駆動音の静かな車の後部座席で、隣に座った制服の女の子――
病院でいきなり同居宣言をされて驚き戸惑ったが、残念なことに俺には選択権が存在しない。
抵抗を諦めて叶と住むことになる場所へ移動している最中に、俺の現状についてのおさらいをしていた。
叶はこくりと静かに頷いて、
「ですが、何事にも例外は存在します。今の梼原さんのように」
「覚醒……男が魔法因子に適合して女になること。しかも普通の『魔法少女』よりも強い『魔法』を持ってることが多い……だっけか」
魔法因子。
それは未だに解明されていない、異界由来の
魔法因子が男に適合すると、魔力を扱えるようになる代わりに身体が変質……女性の物となってしまう。
「これに関しては例自体が少なく、明確な条件は判明していません。男性に戻ったという事例もありません。残念ながら、梼原さんは一生女性として過ごすことになるでしょう」
「……まあ、命があるだけ良いと思うよ」
死ぬよりはマシだと、事故で家族を亡くしている俺は素直に思う。
まあ、これから多分、死ぬような目に何度も逢うことになるんだけどさ。
それはそれ、これはこれ。
仕方ないと割り切るしかない。
「覚醒して間もない方はいつ暴走するかわかりません。強力な『魔法少女』としての素質を有しているため、暴走時の被害は甚大です。だから、もしもの時に備えて『魔法少女』による監視が義務付けられています」
「で、俺の監視員が叶……と」
戦っている姿を見ているから、叶が『魔法少女』であることは疑いようもない。
……だけど、真面目そうに見える叶が『魔法少女』だとは、知らなければ信じられそうになかった。
「これでも二年目です。自分で言うのもなんですが、長持ちしている方だと思いますよ。私の同期はほとんど亡くなったか辞めたので」
思考を読んだかのように叶は平然と『魔法少女』の厳しさを暴露するものだから、俺は頬を引き攣らせて苦笑してしまう。
『魔法少女』はその可愛らしいネーミングに反して、途轍もなく厳しく、残酷で、実力至上主義の世界だ。
『
もちろん『
だが、『魔法少女』になろうとする人は少なくない。
ある人は『
ある人は人々からの名声を得るために。
ある人は復讐のために。
様々な理由と思惑が重なって、『魔法少女』というシステムは成り立っている。
「そして、恐らく数日中には梼原さんの方へ政府所属の『魔法少女』となる正式な打診があるかと思います」
「やっぱりそうなるよね……」
朝目覚めて女の子になっていたときから頭の片隅に、その考えはあった。
男性が女性となった……覚醒した『魔法少女』の戦力は、普通の『魔法少女』と比べて平均でも倍以上。
要するにとても強い『魔法少女』で、それは国を守る政府が喉から手が出るほどに欲している人材でもある。
「もちろん、梼原さんには断る権利も存在します。望んで『魔法』に覚醒したわけではありませんから。政府としても無理強いはしないと思います。なるべく『魔法少女』として活動して欲しいと考えているとは思いますが、心象を悪くして敵対したくはないでしょうし」
それはそうだ。
なにかしらの理由がなければ『魔法少女』になりたいとは思わないだろう。
そこでふと、疑問が浮かぶ。
「叶はどうして『魔法少女』になったのか、聞いてもいい?」
なんとなく浮かんだそれを口にすると、叶はぴくりと眉を僅かに上げて、どこか寂しそうに薄く笑った。
「私にはこれしかなかったからですよ。別に報奨金が欲しかったわけでもなければ、誰かからの賞賛も求めていませんし、復讐心もありません。ただ、私にできたのは『魔法少女』として『
「それは……」
「――どうやら到着したみたいですね」
俺が何かを言う前に、車がブレーキをかけて止まった。
目の前にあるのはいかにも高そうなマンション。
叶の口ぶりからすると、ここで俺は同居生活をするのだろう。
「梼原さん。後程書面にて改めて通知いたしますが、こちらの方で戸籍変更や転校など、諸々の手続きを進めています。また、今日からは叶さんの監視の元で生活してもらいますが、既に必要な物は運び込んでいますのでご安心ください。何か不明な内容がありましたら叶さんを経由して連絡していただけますと助かります」
「わかりました。色々ありがとうございます」
「いえ、これが仕事ですから。それに、大変なのは梼原さんの方ですよ。色々勝手が違うと思いますし、環境の変化についていけるかも不安かと存じます。ですが、私たちは梼原さんの味方です」
「……そうですね。ありがとうございます」
大崎さんの言葉に少しだけ心が楽になった気がして、叶と一緒に車を降りてマンションに入っていく。
エレベーターに乗り込んで降りたのは8階。
突き当りの部屋が叶の家らしい。
「一応、先に言っておきますが、梼原さんは何も遠慮しないでください。私は梼原さんが男性だった頃のことを知りませんし、同い年ですから」
「そうなの? いや、遠慮の方はちょっと無理がある気がするけど……なるべく気にしないようにはするよ」
今日初めて会った女の子と一つ屋根の下で暮らすのはどうやっても緊張するし。
一つ救いがあるとすれば、どうやっても間違いが起こらないことだけだろうか。
……自分で言っててちょっと悲しくなってきたかも。
そんな思考を読んだかのように、叶は俺の手をそっと握った。
「今一番大変なのは梼原さんです。だから、頼っていいんです。それとも……私では頼り甲斐がないですか?」
こてん、と小首を傾げて聞いてくる叶。
俺を気遣ってくれているんだとわかる穏やかな表情と声の調子に、心の警戒が少し解けていく。
「……いいや、全然。嬉しいよ。ありがとう、叶」
「そうですか。では、そろそろ入りましょう」
叶が鍵を開けて入っていき、そこはかとない緊張を感じながら俺も続いて玄関を潜った。
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