追相談
一人相談室に残った真乎は、ローテーブルの上に広げた真っ白なノートとにらめっこしている。
いつもなら相談者が帰った後に記憶に刻んだ相談者たちの言葉をひと息に書き綴るのだが、まだ何か足りないとの思いが真乎にそれをさせないのだった。
「真乎さん、あまり遅くなると酉の市大混雑になりますよ。それに、暫庫屋、何か察して退散してしまうかもしれませんよ」
沙綺羅が入ってきて言った。
「沙綺羅さん、ちょうどよろしかったです。左貫端万子さんを、もう一度及びいただけませんか」
「彼女だけですか」
「はい。三輪野るりさんは、左貫端万子さんが眠っていらっしゃる間に、お話してくださいましたから」
「その時はヒザチグラではなかったですよね」
「はい。それはかまわないのです。今回の御依頼者は、左貫端万子さんなのですから」
「そういうことになるのですか」
沙綺羅の問いに真乎は笑みで応えると
「さあ、お時間はとらせません。速やかに、お願いします」
と告げた。
真乎の言った通り30分ほどで
左貫端万子が出ていった後、真乎は猛烈な勢いでペンを走らせ白かったページを文字で埋め尽くした。
いつもならこの後眠りこけるところだったが、今日はこの後やることがある。
沙綺羅にいれてもらった濃いコーヒーでしゃんとさせると、真乎は確認のためにノートを読み返した。
――気づいてました。
三輪野るりさんのこと。
慕ってくださる気持ちが過剰なこと。
うちには子どもがいないので、ある程度は自分のペースで暮らしていられるので
すが、些細なことで夫と齟齬が生まれることがあって、それが解消できずに積もってなんとはなしに気が重い時がままあるのです。
そんなある日、三輪野るりさんと再会したんです。
久し振りにお会いして、見かけはしっかりしたいいお嬢さんになったな、と思いましたけれど、簡単なことではないのですよね。
発達上のコントロールがうまくいかないという特性は、場面によって、所属する集団によっては、さして気にしなくてもスムーズに運んでいくものですが、かみ合わなければ苦行のような日常をもたらすものなのです。
今は、そうした知識や知見が広く行き渡ってきましたけれど、だからといって困りごとが全て解決されるというわけではありません。
慕ってくれる相手はかわいいものです。
子どもの頃を知っていると、なおのこと。
うちの庭を覗いていたのには驚きましたが、昔から突拍子もないことをしてしま うお子さんだったので、さほど気にはなりませんでした。
あぶなっかしくって、見守ってあげないと、と再会してから、昔に戻ったような気持ちになったのです。
それだけです。
でも、彼女はそうではなかったのですね。
執着しやすい気質なのはわかってました。
自分の気持ちがあやふやならば、もっと突き放して接しなければいけませんでしたね――
最後の一文を読み終えて、真乎は深く息をついた。
「たいせつに思い合っているのは同じなのでしょう。思いの種類はずれているかもしれませんが。ずれた気持ちを抱いたままボロボロトンさんの憑いているキルトカバーをまとった時に、そのずれの摩擦で発火したのでしょう、ボロボロトンさんの焼けぼっくいのようなお気持ちが。このように何かの拍子にふっと燃え上がってしまうボロボロトンさんの古裂の始末に困って、人の好さそうな彼女に押しつけたのですね、あの店主は。無理に相手への対応の迷いを矯正しなくてもよいでしょう。ほうっておけばくすぶり続けている相手のお気持ちは、自然と鎮火するかもしれません」
真乎はノートを閉じると胸に抱いてつぶやいた。
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