お身内のヒザチグラ

 相談室は東側に窓があり、南側がベランダになっている。東と南から陽光の入ってくる開放感のあるつくりをしている。とはいえ相談をしている時は、依頼者の希望でブラインドを降ろして遮光カーテンを閉めていることが多いので、日光を浴びてくつろげる時間はあまりとれないのだった。


 フロアは毛足の長い絨毯が敷かれていて、ご要望があれば素足で感触を楽しむこともできるようになっている。

 フロアの中央に置かれているのはオーバル型のローテーブル。左手、東側の窓際から少し間を空けたところに革張りのロングソファが一台。右手、西側の壁よりに布張りで夏にはコットンリネンの、冬にはアルパカウールの、それぞれの季節に合ったブランケットが掛けられているカウチタイプのソファが一台。ベランダへの出入り口の前にゴブラン織りのカバーが掛けられた猫脚の二人掛けのソファが一脚、配置されている。


「どうぞ、お好きなところにお座りください」


 真乎に言われて二人は革張りのロングソファに並んで腰掛けた。


「あの、すみません」


 二人とも座り心地を確かめてから、背に掛けてあったアルパカウールのストールに手を掛けた。透かし編みなのに糸がふんわりと縒られているからか温かなのに左貫端万子は感心した。

 と、三輪野るりが真乎にたずねた。


「私が同席してもいいんですか」

「はい。お二人がよろしければ」


 三輪野るりは左貫端万子の方を向いて、困ったような顔をした。


「私は、かまいませんよ」


 左貫端万子は静かに言った。


「先生が大丈夫でしたら、同席させてください」


 三輪野るりはひと息おいてしゃべりだした。


「私は、何も隠そうとは思ってないです。わりと、いつもそうなんです。隠しなさすぎて引かれることが多いです。隠してると、もぞもぞしてくるんです、心が。隠そうとしたこともあるんですが、高校時代とか友だちとつきあうのに。自分ではうまくやってるつもりだったんですけど、見え見え、とか、馬鹿にしないで、とか、無理に合わせなくてもいいよ、とか言わてしまって。だから、思うままを話してしまうと思うんです。さっき、翠埜さんに話したことが、その思うままなんですけど」


 三輪野るりの話がこのままループしていきそうになった頃合いを見計らって、真乎は立ち上がって飾ってあった猫ちぐらを抱えて持ってきた。


「それ、猫ちぐらですね」


 左貫端万子が言った。


「はい。ご存じですか」

「うちの実家にありました。祖母が猫好きで、いつも、2,3匹うろうろしてました」

「それは、楽しそうです」

「ええ、子どもの頃の私は、一人遊びが好きで、まあ、今もなのですけれど、一人で手仕事をしているのが好きで、猫がいてくれたらお互いに好きなようにしながら楽しめるんだと思うのですけれど」

「猫、今はいらっしゃらない」

「家族がアレルギーなんです。くしゃみがとまらなくなってしまって、気の毒なくらいに」

「猫好きな方は、くしゃみをしながら猫毛まみれになっ癒されてるとか」

「自分一人でしたら、それもよいと思います」


 左貫端万子は右手で抱えて左手で背を撫でる猫が膝にいるような仕草をしながら言った。


「左貫先生、猫、うちにいます。茶トラと黒です。チャーミーとクロエって言います」


 三輪野るりが口をはさんできた。


「かわいらしいお名前ね。今度お写真見せてくださいね」

「はい、え、っと、後でお見せします。携帯に入ってるんで」

「楽しみです」

「それで、よかったら、実物もお見せします」

「あら、お招きしてくれるのかしら」

「先生さえよければ、いつでも、うちは、空いてます」


 開いてます、ではなく、空いてます。

 真乎は三輪野るりの言葉に当てはまる意味の違いに気がついた。


 左貫端万子は、かつての教え子の成長を微笑ましく思い、好きな猫との絡みを喜んでいる。

 三輪野るりは、あやふやな自分の気持ちが確証になりつつあり溢れ出しそうなのを、猫との絡みで自然な流れにもっていこうとしている。

 

 さて、どこから掬っていったものか。

 ヒザチグラを始める前から、珍しく真乎は慎重に慮っていた。


「では、当相談室のシステムをご説明させていただきます」


 真乎は心を静めて話し始めた。


「少々驚かれる方もいらっしゃるのですが、私は最善だと思いまして行っております。ご無理なようでしたら、いつでも申し出てください。近辺の医療機関や相談施設につきましては、ご所望とのことでしたら情報を提供させていただきます」

「ありがとうございます。ご専門の方に提供していただく情報はありがたいです」

「私の大学にも相談窓口があります」


 三輪野るりがここでも口をはさんできた。

 真乎は穏やかな笑みを浮かべたまま話を進める。


「さて、いつもでしたら、クライアント様に猫ちぐらに頭を入れていただいてお話を伺します。猫ちぐらを置く場所は、私の膝の上が理想なのですが、苦言を呈される方が多いので、ソファに直接置いたり、ご家族の方のどなたかの膝の上に置いていただいたり、臨機応変に対応しております」


 ごく当たり前のことのように真乎は説明しているが、それが端目には奇妙なことだと左貫端万子は首を傾げた。

 ところが、三輪野るりは、

「あの、それで、先生の体調が回復されるんでしたら、私、膝を貸します」

 と、よろしければ、といった前置きもなく勢いこんで言ったのだった。


 真乎はその言葉を左貫端万子の驚きの視線と共に笑みで受け止めると、猫ちぐらを持って立ち上がった。


「今回は、ことの始まりのこちらを入れて手繰ってみたいと思います」


 真乎は、しだれ桜の友禅と糸で文字が描かれている麻の古裂を重ねて、猫ちぐらの中にふわっと入れた。

 そしてそれを二人の前に差し出して言った。


「左貫さん、三輪野さん、お二人ともソファの真ん中で寄り添ってください。はい、もっとです。もうちょっとぴったりくっちてください。そうしましたら、猫ちぐらをお二人の膝に載せてください。そうです、両手で支えてください」


 真乎に言われるままに二人は寄り添って猫ちぐらを膝の上で支えた。

 ここまできたからには、自分の不調お原因を、おかしなことをしてしまう原因を左貫端万子は知りたかった。それは心配している三輪野るりも同じだった。


「お二人お互いにお身内だと強く念じてください」


 二人は真剣な眼差しでお互いを見つめた。


「では、お身内のヒザチグラ、まいります」


 真乎の一声が室内に響き渡った。











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