運命と予感

「それにしても昔の人の想像力や表現力の豊かさには驚かされますね」


 鳥山石燕の『百器徒然袋』のページをめくりながら沙綺羅が言った。


「情報量の少なさが妄想力に磨きをかけていたのではないでしょうか」

「なるほど、そうかもしれませんね」

「もっとも、情報量が多いほどに妄想の翼を広げてどこまでも飛んでいらっしゃる方もいらっしゃるようですが」


 確かにサブカルチャーイベント華やかなりしことを思えばそうかもしれない。


「存外現代にいらしたら、鳥山石燕さんはどんどん作品を世界に発信されるかもしれませんね」

「AIも楽しんだり使いこなしたりしそうですね」

「ご自分の描いた妖怪がバリエーションでどんどん増えていって、見ず知らずの方々に売買されたりするのも面白がりそうです」


 真乎は会話をしながらノートパソコンのディスプレイを人差し指でなぞっている。


「そのうちweb上では時間も世界も越えることは日常になるかもしれませんね。フィクションとしてはなくて、リアルな自分を移した存在によって。アバターよりもってと進んだ何かが出てくるような気がします」

「沙綺羅さん、そちらの方面にご興味がおありでしたか」

「一般的な興味のうちです」


 沙綺羅はさらっと受け流した。


「デジタルアーカイブで公開されているということは、作者としてはもうその一歩を踏み出してることになりますかしら」

「作者としては、ですか」

「はい。作者としてはです。誰も何であっても、ご本人が明かさない限りご本人のこと全てはわかりませんでしょう。もちろん、ご本人が気づいていないご本人のこともありますでしょうし」

「それは、わかりますけど」

「わかりますけど?」

「いえ、きりがないのでやめておきます」

「きりは私にはありませんので、またいつでもどうぞ」

「はい、そうします」


 沙綺羅は口をつぐんでページをくりながら、現れてくるモノクロで描かれている妖怪たちの、人間を怖がらせようとしているようっだったり、何か思案することがあって眉を寄せているような表情とにらめっこを始めた。


「さあ、そろそろでしょうか」


 真乎が言うと沙綺羅の手が止まった。


「これ、ですね」

「これ、ですね」


 仏具の如意の次のページに襤褸々々団が現れた。

 その姿は今まで調べた情報からの想像をはずれた明らかに付喪神の様子をしていた。

 襤褸々々団は、ぼろぼろの布団だった。

 布団がひょろっと起き上がっていて、糸がほつれて破れているところから中綿がはみ出しまくっている。はみ出した中綿が顔の形や手の形をしていて、深夜に遭遇したら腰を抜かしてしまうかもしれない。

 ほこりと黴臭さに眩暈がして、よろけたところに覆いかぶさられて窒息させられるのではないかと思わされる姿だ。

 けれど怖いというよりは、顔に付いている目らしきものがちょっとたれ目で、どことなくユーモラスでもある。

 描かれている布団の模様は格子柄なのか継ぎ接ぎなのか、破れていなければ幾何学模様でおしゃれに着こなそうと思えば着こなせなくもないといった風情をしている。

 ところどころに黒い布が当ててあるのか色染めなのかダイア柄に見える。


「これはどう見ても付喪神ではないですか」

「ようやく立ち上がって人の形を真似ようとしているみたいですね。もとは実体のないものでしょうから、ものすごく努力して形を保っているのでしょう。難儀なことです」

「わざわざ人の形を真似てるってことは、何か意味があるのですよね」

「どなたかおつきあいしたい方がいらしたのでしょうか」

「おつきあいは無理ですよ、みんなびっくりして逃げ出します、この姿では」

「そうでしょうか」

「そうですよ」

「お心当たりのある方でしたら、真摯に対応されるのではないでしょうか」

「付喪神に心当たりのある人なんて、ものをないがしろにしたりして後ろ暗い人くらいなんじゃないですか。だったら、やっぱり、逃げ出しますよ」

「ものを大切にされる方も、お心当たりはあるでしょう。心ならずも大切にしていたものを置いていかねばならなかったということもあるでしょう」


 沙綺羅は、はっとして、ローテーブルの上に並べられている絹と麻を見比べた。


「布団は、かいまきなどのように身にまとう衣装としての役割を担うこともありました」

「それは、知っています」

「ぼろ、ぼろぼろさんたちは、質素な暮らしぶりだったと思います。打ち直すことのできない破れた布団をかぶって寒さを凌いだのかもしれません。無頼の徒で身なりにかまわないぼろぼろさんが、襤褸布団をかぶって放浪する姿を、妖怪に見立てのかもしれません」


 真乎の言葉に沙綺羅はうなづくと、絹と麻の布を持ち上げて、糸文字の縫いつけられている麻の布を真乎に差し出した。


「そうしたぼろぼろたちのうちの誰かが縫いつけたのですか」

「いいえ。それを縫いつけたのは、ぼろぼろさんの妻だった方ではないでしょうか」

「集団を率いていたぼろが連れていた美女ってことですか」

「素行のよろしくないぼろぼろさんがさらってきた良家の娘さんではないでしょうか。麻と対になっていた友禅の古裂はその娘さんのものでしょう。麻布の糸文字は、読み難いのですが、部分的にはこのように読めます。道をはずれたものの連れ合いにされつらい。はかなくなってしまいたいがひと目会わずには心が残る。この身をうらめしく思うが思うに任せない。つらい。うらめしい」


 真乎の声は穏やかだが、その娘の代弁者を意識しているのか口調は強くしっかりとしていた。


「糸文字で残さずにはいられないほど、強い思いがあったのですね」

「恋愛にまつわることでしたら、きっとそうです」

「心を寄せてらした方に会いたい、この町を離れたら、次はいつ戻ってこられるかわからない。そう思うにつけ思いだけが強くなっていって」

「その思いが身にまとうかいまき布団に沁みこんで付喪神となった、ですよね」

「そうかもしれません。そうでないかもしれません」


 そこでひと呼吸おいてから、


「こちらに添書がありますの、ご覧になってくださいな」


 と真乎が言った。

 真乎に言われて沙綺羅はそれに目を通した。


普化禅宗ふけぜんしゅう虚無僧こむそうと言ふ。虚無空じやくをむねとして、いたるところこもむしろに座してもたれりとするゆへ、また薦僧とも言ふうよし。職人づくし歌合に、暴露暴露ぼろぼろともよめれば、かの世捨人のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」


 沙綺羅は読み終えると


「先ほど話に出ましたが、虚無僧ってかごをかぶって尺八を吹きながら歩いている流れ者ですよね。ここに書いてあるように世捨人で。その世捨人が着古したぼろぼろのふとんのことだと書かれてます。掛け布団兼コートやマントのような衣服の役割もしていたものが時を経て襤褸々々団になったのですね」


 と要約しながら言った。

 真乎との会話の内容をその詞書で確認する格好となった。


 と、その時だった。

 女子学生が目を覚まし、勢いよく起き上がったのだった。
















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