第726話 クロスステッチの魔女、《夜市》をまわり始める
《魔女の夜市》の会場に足を踏み入れつつ、まずは温かい蜂蜜酒を一口。ゆっくりと香辛料の香りと甘い蜂蜜、少々の酒精を喉に流し込んで、体を温めてから楽しい会場を見回すことにした。
「いい? ここは魔女が沢山いて、《ドール》も沢山いるの。特に初めて参加するラトウィッジは、はぐれないようにカバンの中で、しっかり掴まっておくように」
「はいっ!」
ラトウィッジに向けた視線をちらほらと感じるのは、きっとこの子の瞳に対してだろう。抽選で当たった瞳を入れている《ドール》だから、外れた魔女か応募の様子を知っていた魔女が見ている気がした。なのでちょっと、気にしておくことにする。今動いている他人の《ドール》から瞳をくり抜くようなことは簡単にはできないから、人間の金持ちが泥棒を気にするほど警戒をする必要はないけれど。
「マスター、今年は何を買われるんですか?」
「特に決めてないから、なんとなく見ながら考えるつもり」
「糸とか布とか、いいのあるといいね!」
「素敵なものを見つけましたら、わたくし達もお伝えしますから」
「うん、みんなよろしくね」
今年の人出……魔女出?は多いので、私はカバンにみんなを入れて歩くことにした。《ドール》を連れ歩いている魔女もいなくはないけれど、私ははぐれさせてしまいそうで怖いし、破損なんて作らせてしまったら一大事だ。もちろん《魔女の夜市》には人形師の魔女も出店していて、ちょっとした破損はお金さえ払えばすぐに買い替えるか直すかできるけれど……正直、そんなお金があったら楽しいものを買うのに使いたいというのもある。
「焼き菓子に葡萄酒、香辛料を選べますよー」
「新しい年は新しい鋏で、ウチの鋏なら蜘蛛糸から石まで切れるさ!」
「ガラス製のまち針、頭の形を各種取り揃えているよー、早い者勝ち!」
「さあさ、東から担いできた布や荷物、裁縫道具まで! 一風変わったものを使ってみたい魔女はどうだい? 見ないと損だよ!」
誇らしげに、自分の持ってきた商品を売り込む声がする。
「ねえ、この糸の違う色はある?」
「まち針十本買っていくわ。ここからここまで」
「とびっきり熱くした葡萄酒を頂戴」
「主様、また火傷しますよー? 去年凝りたって言ってませんでした?」
楽しそうに、品物を買っていく声もする。交渉をしたり、買いすぎと咎めたりする声にも、楽しい色が残っている。とても楽しい声に、私の心も浮足立ってきた。
「私もまち針を買って行こうっと。ごめんくださーい」
さっそく、目についた屋台に入る。
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