第727話 クロスステッチの魔女、まち針屋を楽しむ

 刺繍の魔女もまち針は使う。作り上げた刺繍は、ただ布やリボンの形で持ち歩くだけではない。服に縫い付けたり、靴に仕立てたりするときに、まち針は使うのだ。十二本ひと揃い、弟子入りした頃にもらった針はもちろん揃っている。けれどせっかくだから、他のかわいい針を見ていくのだって悪いことではないだろう。


「わあ、かわいい……!」


 他の屋台では売り物を並べる台に、この屋台は一面、薄手のクッションを敷いているようだった。その上に、ところ狭しと並べられているのはすべてがまち針だ。先端に綿帽子をかぶっている物、動物や鳥の形を模している物。素材も、綿に布に硝子、輝石、花。少し特別な台に乗っているのは、針に何かの魔法がかけられている特別な物。


「まち針ひとつ取っても、こんなに種類があるんですね、マスター」


「ええ、本当に! どうしよう、二三本買いたいと思ってたけど……」


「お若い魔女、色々見ていくといいよ。今ならまち針用の針入れも安いよ」


 店員の魔女が指さした先には、木製の針入れがあった。まっすぐではなく上が膨らむ形をしているのは、先端に色々と飾りをつけたまち針を入れておくためのものだろう。ちょっと欲しいけれど、ぐっとこらえた。多分、針山に刺してそのままにするだろうと自分に言い聞かせる。買っても使いこなせる気がしない……。


「あの辺りの、魔法がかかっている針はどんなものなんですか?」


「青い帽子が《状態維持》、いつも鋭いままの針。赤い帽子は《鋭利》で、厚手の革にもしっかり刺さる。その分自分の手にも手袋したって容赦なく刺さるから、取り扱う時は気を付けるんだよ。黄色いのは《麻痺付与》だから、裁縫用というよりは材料採取用だね。緑は……依頼があって作った残りだけど、針を刺して《治療》なんて、何がしたいんだろうねえ」


 やや愚痴が混じる店員魔女の言葉を聞きながら、うーん、と考える。値段は……買えないことはない。


「青い魔法のまち針一本ください。それと……あ、この小鳥の形の針も」


「毎度あり、《名刺》もつけておくからね」


 お金を払って袋を受け取り、「刺さらないように気を付けてね」とよく言い聞かせてカバンに入れた。カバンの中で、ルイス達が他の物とぶつからないよう刺さらないよう、針をしまってくれているのが目に入る。


「着いて一軒目くらいのところで、早速買っちゃいましたね」


「そうね……帰るまでにお財布、もつかなあ……」


「ちゃーんとわたくし達が忠告いたしますわ」


 頼もしい言葉を聞きながら、私はまち針屋を出た。

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