第725話 クロスステッチの魔女、今年の《魔女の夜市》に行く
昼の時間が短くなっていく中、冬至が来た。今日は《魔女の夜市》の夜だから、皆にもその話をしておく。あっという間に短い昼が終わって、すぐに外に出られるように身支度は整えられていた。しっかり外套も着こんでいく。手袋に、今日は毛糸の襟巻もつけておいた。魔法は編みこまれていないけれど、グース糸ほどではないが暖かい魔白羊の毛製だ。
「今夜は出かけるわよー、《魔女の夜市》の会場まで、箒で!」
「マスター、今日はこちらを持って行った方がよろしいかと」
早速箒に乗ろうとした私に、ルイスが待ったをかけた。いい匂いがしていると思ったら、どうやら温めて香辛料を入れた蜂蜜酒を、多めに用意しておいてくれたらしい。牛の革を二重にした保温用の水袋にルイスが注いでくれたので、温かい袋を腰に下げて箒に乗ることにした。さすがに空の上では飲めないけれど、ついてから飲んでもいい。《魔女の夜市》の屋台で出るのは香辛料入りの葡萄酒なので、被ることもない。本当に、いい考えだ。
「いいこと思いついてくれたじゃない、ルイス。後でみんなで飲みましょうね」
ルイスの銀色の頭をなでてやると、嬉しそうに目を細めた。改めて箒に跨って、四人がいつもの位置に座るのを待ってから雪で冷たい地面を蹴る。今年はいつもより寒くて、風も雪に触れて冷え切っていた。会場に向かう空の道を、他の魔女の箒を見ながら飛んでいく。しばらくそうしていれば、じきに足元に暖かい橙色の灯や、他の色の灯火が見えてきた。
「キーラさま、あれが《魔女の夜市》の会場ですか?」
「そうよー。ゆっくり降りるけど、他の魔女とぶつからないようにするから、ちゃんと捕まっててね」
他の魔女の隙間を縫うようにして、ゆっくりと高度を降ろしていく。他の魔女の、鈴や羽飾りが見えたり、香草の甘い匂いがする中を降りながら、挨拶をしてくれた魔女に手を振り返した。
「あら、かわいい子を沢山連れているのね!」
「ありがとう、そちらの《ドール》もとっても素敵!」
どの魔女も黒い服は着ているけれど、飾りや服の形に個性があるのが箒の上からでも見て取れる。
「マスター、ぶつかりそうです、少し浮いてっ」
「あっ、りがとうルイス!」
「あるじさまー、見てみてあれ、きれー!」
「アワユキごめん、後でちょっと教えて!」
わいわい、がやがや、と魔女の声で賑わい、魔力が楽しそうに渦を巻く中に着地する。雪を除ける魔法の敷かれた地面のおかげで、足が濡れることはなかった。やっと顔を上げると、《魔女の夜市》の会場に足を踏み入れた。
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