第718話 クロスステッチの魔女、ひとやすみする

 お話を終えたルイスは、分厚い本を閉じた。まるで無限のページから、無限に物語が出てくるような本。いつかはすべてを読み、また、自分もこういうところにちゃんとした魔法の知識を書いたりする日が来るのだろうか。少し考えたけれど、ピンとは来なかった。


「ルイス、読んでくれてありがとうね」


「いえ、これくらい。また頼んでくだされば、いつでもお読みしますよ」


 誇らしげにそう言ったルイスを撫でてやりながら、今日は何をしようかとぼんやり考える。備えとやらのつもりで魔法は色々と作ったけれど、そもそも、この辺りでそういう『何か』は起きないというのがお師匠様の見立てだったのだ。そうなると、あんまり溜め込みすぎてもよくないのかもしれない。


「あるじさまー、今日はお休みしたら?」


「ゆっくりされる日があっても、いいのではないかしらと思います」


「指だって戻ったんですし!」


 三人に言われて、私はそういうものかと頷く。それから、本当に今日は休もうと決めた。食べ物は十分あるし、茶葉だってたっぷり。受けている依頼もないから、のんびりとした時間を過ごすことはできる。


「お出かけしたくなっちゃった。ひと眠りしたら、採取目標のないお出かけをしようと思うわ」


「またお仕事にならないよう、気をつけないとですね」


 くすりとルイスが笑う。作りたい目標の物もない今、目当ての採りたいものがあるわけでもない。だから本当に、近所をふらりと訪れる程度のものだ。近所から少し遠くに行くとしても、日帰りか、長くても一泊で帰れる程度の距離にするつもりだった。


「ちょっと寝るわ、お昼ごろに起こして」


「かしこまりました。そうだマスター、ラトウィッジに外のことを少し、案内したりしてもいいですか?」


「ふわ……いいわよ。出かけるなら、あんまり遠くに行きすぎないようにね」


「はい、マスター」


「わかりました、キーラさま」


 この近くのことは教えたつもりだけれど、体の小さな《ドール》であるからこそ、私には言えてないけれど気にするべき項目でもあるのだろうか。あるかもしれない。私には簡単に飛び越せるけれど、魔法で飛ばないといけない段差とか、ありそうだ。

 そんなことを考えながらも、ルイスたちに軽く「おやすみ」を言って、ベッドに潜り込む。布団をかぶって、柔らかい綿と羽の中に身を埋める。少し経ってから、やがて、いつの間にか溜まっていた疲れがベッドに抜け出していくような感覚とともに、私は眠りに落ちていった。

 その枕元で、小さな声を聞いた気がしながら。

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