第707話 クロスステッチの魔女、香木を見つける

 動物と話すための魔法をすぐ出せるようにしつつ、夜が近づく山をぐるりと見回す。暮れていく陽射しの名残が、岩肌に貼りついた石に当たって弾けていた。夜が忍び込む木々の方には、葉と葉の間の影が刻一刻と濃さを増していく。暗闇が辺りを覆い尽くしても、それを恐れる必要はない。堂々と闊歩して、星屑石を探しに行けばいいのだ。


「あっ、早速カロリナの実を発見! これはツイてるかも!」


 歩き始めて程なく、独特の甘さのある匂いがして、カロリナの香木を見つけることができた。私が縦に二人か三人くらい積み重なって手を届かせるような、そんな高さの木が繁っている。薄緑色がかった茶色の、つるりとした木肌。薄緑色の、私の手に余るほどの大きさの実がたっぷりと枝に実っている。そろそろカロリナの実の季節は終わる頃だから、多分、私が実をもがなくても遠からずすべて落ちるだろう。それから、中指より長く大きな葉っぱ。

 香木が数本立っているのは、自然に落ちた実から芽を伸ばしたものなのだろう。うち一本の若木がうまく滋養を吸い取れず、窮屈そうにしているのに気づいた。このままであれば、兄姉や親である他の木に負けて枯れてしまうだろう。


「……うちの《庭》に来る? なーんてね。植物と話せる魔法は作ってきてなかったなあ」


 ひょろりとした木肌を撫でてそんなことを言ってみると、なんと反応があった。厳密には、そうとしか思えないことが次の瞬間、起きたのだ。


「うわっ!?」


 風もないのに、よく育った木の実がドサドサと音を立てて地面に落ちた。拾い上げると、もう少し日陰に置いてやればグズグズに熟れそうなほどに熟している。細い枝も一本、落ちてきてすぐ側の地面に突き刺さった。


「……もしかして、この若木を連れて行って欲しいの?」


 頷くように枝が揺れる。私は、そういうことだと思うことにした。年振りた木には特別な力がある、というお話は語り部の定番だけれど、本物を見たのは初めてかもしれない。


(これが地図に書いてあった、老カロリナなのね)


 その一言しかないから、香木があるかもとしか思わなかったけれど。木の実はありがたく受け取って、若木も《庭》を展開して連れて行くことにした。カロリナの実で蜜煮ジャムを作ると、おいしいらしい。それ以外にも使い道はあるはずだ。


「みんなー、ちろっと手伝ってくれるー?」


 近くで何かを拾っていた《ドール》たちへ声をかけて、若木の植え替えを手伝ってもらう。ここの土の一部を分けてもらって、その上にひょろひょろとした木を植えてやった。

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