30章 クロスステッチの魔女と納品騒動
第679話 クロスステッチの魔女、とんでもない手紙をもらう
その知らせが来たのは、春からほとんど夏になろうとした頃。私の《ドール》にラトウィッジが加わり、四人暮らしが順調に回り出してしばらく経ってからのことだった。
「魔女組合からの指名依頼ですって?」
「マスターの頑張りが認められたんですよ!」
手紙が私の家の、暑くなってきて開け放した窓から入り込んできたのはお昼前。表に『指名依頼』と書かれた羊皮紙巻きに押されている、魔女組合の印の、魔力の籠った封蝋が私の魔力で砕けた。使ったことはないけれど、存在は知っている。特定の魔女に確実に手紙を送りたい時、使われるという魔法の封蝋だ。確か、沈黙草と隠れ花の花びらに、琥珀蜂の蜜蝋を混ぜて作ると、本に書いてあった。まだ試したことはない。
「なんて書いてあるのー?」
「あるじさま、頑張らないとですね」
「キーラさまだから当然です」
まだ中を開けても読めてないのに、すでにみんなからの期待と圧がややすごい。とりあえず、巻物を広げた。
『クロスステッチの三等級魔女キーラ様
魔女組合エレンベルク支部は、貴女の紡ぐ魔綿糸の価値を認め、以下の通りの依頼を発します
納品物は染色していない魔綿糸、三十かせ
期限は今年の秋になるまで
報酬は糸の品質次第ですが、最低でも金貨をお約束します』
固まった。ものすごく丁寧にくるくるとした、やや気取っているかのような字体ではあったけれど、確かにこう書いてある。指で何度なぞっても、三十かせと書いてある。
「……まずいわ」
依頼の断り方が書いてない。多分これ、時折あるという断れない依頼だ。噂には聞いていた。
「何がそんなにまずいんですか?」
「キーラさま、いつもお綺麗な糸を紡がれるじゃないですか」
「うんうん!」
糸紡ぎは嫌いじゃないから、小遣い稼ぎみたいな感じで紡いでた。それはそう。そして自分が作る以外にも、魔女組合に納めていた。他の魔女が、糸紡ぎが苦手だったり時間が割けない時に、私のような魔女が納めた糸を買うのだ。きっと、この手紙はその頑張りが認められたものなのだろう。問題は。
「どうやって三十かせ分の魔綿を確保するかからだわ……とりあえず十かせは倉庫から出してくればいいとはいえ、あと二十は作らないといけないし……」
問題は数だった。《箱庭》の魔綿を魔力で急成長させても、足りるかどうか。必死に考えている私に対して、《ドール》たちは「お手伝いできることがあったら、なんでも言ってくださいね!」と眩しい笑顔を向けてきていた。
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