第677話 クロスステッチの魔女、頑張りを見ている

 夕食……ではなく朝食を食べている間、ラトウィッジはスプーンの持ち方こそ覚えていたものの、田舎シチューの具のひとつひとつに「おいしいです、これはなんですか?」とにこにこしていたので、食べ終えるまで時間はかかってしまった。魔法で作るパンにも驚いた顔をしていたから、大したことをしていないのに、なんだか楽しくなってくる。


「キーラさまって、すごい魔女なんですね」


「もっとすごい魔女がゴロゴロいるわよ。あなたの会った私以外の、あの二人の魔女の方が資格は上だしね」


「でも、ボク達にはキーラさまがすごい魔女です」


 なんて恥ずかしくなるようなことを、さらっと言ってくるんだこの子は。あ、ルイスが動いた。たしなめてくれるのかな?


「よくわかってますね、ラトウィッジ。マスターはすごい魔女なんです!」


「アワユキにも体くれたー!」


「わたくしにもですわ」


 追撃しないでくれるかな? ラトウィッジの勘違いが加速してしまうじゃない!


「ボクもキーラさまに相応しい、すごい《ドール》になります!」


 目を輝かせて言われてしまった。しかも、訂正する前に張り切ったラトウィッジは、ショールを羽織って空を飛ぶ練習を再開してしまう。念のためにルイス達に捕まえられつつ、大真面目な顔で集中し始める彼らの邪魔にならないようできるのは、下げてくれた皿を洗うことだった。


「あ! 浮いた! 浮きました!」


「よーし、そのまま、そのまま……!」


「体ガッチガチだよぉ」


 タライで軽く洗い、魔法でさらに綺麗にしていると、ラトウィッジが自分の意思で少し浮いていた。ルイスやキャロルはそこまで『魔力を込める』段階では苦労していなかった記憶があるけれど、自分のことを思い出せば理解できる。どこまでが適正か、魔力を込められているのか、今ひとつわからないのだろう。さらに、ラトウィッジは先ほど魔力を込めすぎて天井まで急浮上している。もしかしたら、もう一度あんな風になるのが怖いのかもしれない。


「みんな頑張ってるわね」


「マスター、ラトウィッジの頑張りを見てあげてください」


「ええ、ここで見守ってるわ」


 机に戻って、《ドール》たちの練習風景を見守る。少しずつラトウィッジの足は浮き上がり――完全に机の硬い木につかなくなって、すね程度の高さをふわふわと浮くようになった。


「ラトウィッジ、飛んでるー!」


「えっ、本当です――っわぁ!?」


 驚いた拍子に転ぶけれど、それも空中でのこと。後は、この状況で動き回るコツを掴むだけだった。

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