第667話 クロスステッチの魔女、やっと《核》を決める

 私は五つの《核》を眺めながら、結局どうしたものかと考えていた。できれば、赤ではなく緑か黄色がいい。けれど、それは選択肢を四つに絞れただけだった。


「こういうの、迷いますね……」


「好きに迷うといい。どうせ、時間はある」


「そうさせてもらいます」


 私は黄色の三種類の《核》と、緑色の《核》をゆっくりと一つずつ手に取って眺め、光に翳した。黄色。黄色に緑。黄色に透明。黄色みが少し強い緑色。内包物インクルージョンが美しいけれど、今回は《ドール》の中に入れてしまうから、あまり見栄えは関係ないかもしれない。どんな想いの籠った《核》なのかを聞いた今、それもまた判断材料であり、迷わせる元だった。


「どれも綺麗だから問題ですよね」


「だから、色々と揃えるようになってしまってね。後で、ちょっと見せてあげよう」


 どれだけ《核》やカケラを取り揃えているのだろうか、この魔女は。そう思いながら、これから《核》を入れることになる《ドール》に触れる。瞳と髪をつけて、首と体をつけて、後は《核》が入ることを待っている子。陶器製の肌の滑らかな表面に触れて、なんとなく、額に《核》を近づけてみた。元々、この頭には一度は《核》が入れられていたのだと言う。それが持ち主の魔女には満足のいくものではなくて、捨てられてしまったのだということも。


(元が何色だったかはわからないけれど、相性とかあるのかも)


 四種類を額に載せてみて――組み込む呪文を唱えていないから、それで問題ない――なんとなく、様子を見てみた。


「この雰囲気だと……この二つかな?」


 《核》を当てた時の感覚が、花嫁のと緑色の二択がよさそうだった。直感だ。どうせ、どれを選ぶかの判断基準は私に委ねられるのだし。


「皆様、追加のお菓子をお持ちしました」


 新しくエリーが出してきたお茶菓子は、ジャムが乗ったクッキーだった。しかも、種類が複数ある。これは甘くておいしい奴だ、と適当に一枚つまんでみると、苺の甘酸っぱさが口に広がる。うん、おいしい。

 とはいえ汚れてしまった手で借り物を触るのは良くないだろうと、私はこれ以上触れずに悩んで――唐突に、天啓が下りてくるように決まった。


「よし……この《核》を、選ばせてください」


 私が指さしたのは、黄緑色の《核》だった。思えば瞳の色に合わせているのかも、とは、決まった後に自分で気づいたことだった。


「やっと決まったかい」


「こういうのは、時間をかけていいものだろう――では、新しい《ドール》に完敗を」


 イルミオラ様は、そう言って紅茶のカップを茶目っ気のある顔で掲げてみせた。

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