第665話 クロスステッチの魔女、四つ目の物語を聞く

 四つ目に取り出された《核》は、安らぎを表す《緑核エメラルド》だった。


「安らぎも、それを採取させてくれることも、そんなに沢山はない方なのだけれどね。この《核》の元の人間は、させてくれたわ」


 自分の家でゆっくりしている時なんかに、安らぎは感じられるのだろうか。そうなると、安らぎの緑色が欲しい魔女は家々を訪ね歩くことになるのかも。


「これは、どんな人から採ったんです?」


「これも花嫁のように、取り出して残しておきたいと望んだ人のものの写し」


 どんな人だったんですか、と聞くと、紅茶を一口飲んだイルミオラ様は落ち着いた語り口調で話し始めてくれた。


「私が心のカケラを採っていることを、知っている人間は何人かいてね。いつの間にか話が広まったようで、この家を訪ねてきたり、訪ね人の広告を出す人間がいたんだ。自分の感情が重荷になって、それを少しでも軽くして欲しいと望む人が大半だけれど……あの花嫁や、この放浪者のように、固着した感情そのものを望む人もいる。

 彼は粗末な服を着ていて、煤けた風貌からも苦労が滲み出ていた。私にお金を払って、心のカケラを取り出されながら……家に帰れたんだと、嬉しそうにしていたよ」


「家に?」


「小さい頃に遠くにやられてしまって、それでも元の家を忘れられなかったと笑っていたよ。元の上等な暮らしと本来の身分に戻ることができた、その喜びと安らぎをどうしても取り出して残しておきたい、って。服をいいものに変えるより早く、この心を残しておきたくて、あたくしを訪ねてきたと言っていた」


 確かに服を作らせるのには、時間がかかる。まだ人間の中には、『作っておいた服』というのはあまり広まっていないらしい。それにそこそこ昔のことで、なおかついい身分の人なら、当然のことだろう。


「それで、緑が採れたんですか」


「黄色とふたつ、取り出すことができた。それくらい大きな感情だったから、ふたつとも本人に渡して……今はどうしていることやら」


 そう話すイルミオラ様は、柔らかくて嬉しそうだった。お師匠様は「なんか聞いた気がする話だねえ」なんて呟いてはいるけれど、何かを具体的には思い出せなかったらしい。結局、首をひとつ振って「紅茶のおかわりをおくれ」とエリーを呼び寄せていた。


「はい、ただいまお持ちします」


「ありがとう――前に何かで聞いた男が、自分の心のカケラを持っていてね。触れることでいつでも、当時の気分になれるって……何で見たかな」


 お師匠様はもう少し頑張ってみたけれど、思い出せないようだった。

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