第659話 クロスステッチの魔女、《核》の物語を聞く

 きらきらと輝く《核》、花嫁の喜びが石に凝ったそれを触らせてもらう。直接触れると痛めてしまうかもしれないので、貸してもらった革手袋をつけてだ。光に透かして見ると、黄色い中に花が散っているように見えた。あれは確か、マーガレットの花だ。白くて慎ましいその花は、なるほど花嫁に相応しいと思う。


「その花嫁は、幸せにしているんでしょうか」


「少なくとも、もう一度私の元に来ることはなかった。百年は前の話だから、多分、死んでると思う」


 本人が死んでも、心のカケラはここに残っている。魔女が取り出したから。そう思うと、なんだか不思議な感じがした。でもそういえば、ルイスだってそういう存在だ。四百年前に心をすべて取り出されて死んだ誰かの、その心を引き継いでいる。改めて考えると、それは一種の永遠のようだった。


「それじゃあ、他のカケラの話も聞かせてください」


 私がカケラの話を積極的に聞きたがるので、イルミオラ様はかなり機嫌が良さそうだった。きっと、本当ならこの花嫁のカケラにももっと、語るべき物語があるのだろう。花嫁のカケラを元の位置に戻した私に他のカケラの話も、と促されて、次に彼女が持ったのは《赤核ルビー》だった。


「この《赤核ルビー》は、顔を隠した男のものだった。詳しくは教えてくれなかったけれど……男は大切なものを奪われ、その怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになっていた。この怒りを抱えては弔いをすることもできないと言う男は、己の身を食い尽くしそうなほどの怒りに震えていて、それを少しでも軽くしたくて、魔女を頼った」


「そういう使い方をする人間は、多いんですか?」


「珍しくはないね。正の感情はわざわざ取り出そうとする人間も少ないから、魔女から声をかけることも多い。負の感情は、本人も抱えきれなくて苦しんでいるそれを、少しでも軽くしてほしくて向こうから来る。その子の《核》は?」


 イルミオラ様はルイスを指さしていた。本当のことは言えないので、私は最初に教えられたように「《青核サファイア》の半月級です」と答える。そうか、改めて考えると、それは悲しみの青。誰かが嘆いて嘆いて、その悲しみを少しでも軽くしたくて、魔女の元に来たから生まれたカケラなのだ。……実際はそれよりも、重く暗いものだけれど。


「私がこの子を中古で買った時には、もう入ってたんです。だから、この《核》にどんな物語があるかは私は知りません」


「そう……中古だと、仕方ないのかもね」


 イルミオラ様はそう言って、メレンゲ菓子をひとつつまんだ。

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