第658話 クロスステッチの魔女、《核》を見せてもらう

 イルミオラ様が持ってきた木製の箱には、柔らかい布を敷いた上に五つの《核》があった。喜びの《黄核トパーズ》がみっつ、怒りの《赤核ルビー》がひとつ、安らぎの《緑核エメラルド》がひとつ。どれも色合いは不思議にゆらめいていて、机に置かれるまでの間にも何度か色合いを変えてみせた。


「三日月級だけどね、それくらいの方がいいだろうから」


「なるほど……」


 綺麗によく磨かれたそれらは、普通の石のように見える。確かに今は、触ると手触りもあるし、ほとんど普通の石と変わらない。柔らかい布で磨くことだって、できるはずだ。けれど、これらをひとたび《ドール》へ使えば、石の姿はたちまち失われる。《核》は《ドール》の全身を回る血液になり、実体がとろける。だから特定の弱点というのは《ドール》にほぼ存在しない代わりに、部位を失うことで《核》の一部を失うことになるそうだ。


「私は好んで集めているから、ひとつひとつの《核》の由来も話せるわよ。そうね、せっかくだからそれで決めるといい」


 ぽん、と軽く手を合わせてそう言ったイルミオラ様の顔は、どちらかというと自分がそれらの話をしたくて堪らないようだった。私が頷くと、横でお師匠様は「覚悟おし、長いから」と小さく呟かれた。もしかしたら多少悪手を踏んだような気がするけれど、《核》の元になった人間の心のカケラ、その物語を聞けるのは良い参考になると思う。紅茶を一口飲んだイルミオラ様は嬉しそうに微笑んで、ひとつひとつの《核》を手に取りながら話をしてくれた。


「このひとつ目の《黄核トパーズ》を提供してくれた人間は、結婚が決まった花嫁の物。ずっと好きだった人との結婚が無事に決まって、その喜びを取っておきたいと言って、魔女にカケラを取り出して欲しいと依頼に来たんだ。

『今後の結婚生活で何があったとしても、この時の喜びを残しておけるように』って。心のカケラのことを、そうやって残しておくために取り出そうとする人間は珍しいけど、時々いるのよね。《黄核トパーズ》には多い話だよ……きっと人生の絶頂期であるに違いない、そういう瞬間と感情を残しておくんだって」


「私が受け取ってしまっていいんですか? その花嫁さんが取り戻したくなった時、私が《ドール》に使ってたらなくなってしまうんじゃ」


 そう聞くと、イルミオラ様は「これは写しのひとつ。彼女にももちろん、写しのひとつを渡してある」と仰った。写しというのはよくわからないけれど、そういうこともできるなんて器用なものだと思う。

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