第655話 クロスステッチの魔女、蒐集家の元に行く
例の蒐集家だと言う魔女、ビーズ細工の二等級魔女イルミオラ様と会う段取りをお師匠様が整えてくださったのは、ドールアイが届いたことを伝えてから十日ほど経った後のことだった。《肉なし》のお二人にしては、話を早くまとめられた方だろう。
「お師匠様! クロスステッチの魔女キーラ、到着いたしました」
箒でお師匠様の家に着いた私は、いつものようにみんなを連れていた。いつもより綺麗にした服で、準備も万端だ。お師匠様はというと、ルイスとキャロルを見て「大丈夫だろうとは思うけど……」と呟いているので、少し怖い。
「キーラ。あんたルイスとキャロルの核のことで、誰かに何か指摘されたことはある?」
「い、いえ。特にないです……新しい子のドールアイを持ってきてくださったメリンダ様にも、何も言われませんでした」
「なら大丈夫かもだけれど……ルイス、キャロル。イルミオラの元では、なるべく大人しくしておくんだよ。イルミオラが持ってないのが、もう新しく作られることはない《
蒐集家垂涎とくれば、最低でもどこで手に入れたかとかは聞かれそうだ。すでに動いている《ドール》に対してその《核》を譲ってくれなんて、《裁きの魔女》さま方だって言わなかったようなこと、言わないは……言わ……初めてお会いする方だから判断できないな。お師匠様がやや気にしていると言うことは、私も気にしておいた方がいいのだろう。
「ルイス、キャロル、私のそばにちゃんとくっついてるのよ」
「わかりました、マスター」
「承知いたしました、あるじさま」
小声で囁きあっていると、アワユキも混ぜて欲しいと思ったのか首に巻きついてくる。襟巻のようになった彼女を軽く撫でてやっていると、お師匠様は壁に刺繍した布をタペストリーにして張っていた。それは、夜明けのような薄桃色の、どこにもない扉を刺繍したもの。――どこにもないから、どこにでも行ける《虚ろ繋ぎの扉》。
「それじゃあ、開けるよ――イルミオラの家にお繋ぎ、彼女とは話してあるから」
後半は自らの魔法にそう言って、お師匠様が取っ手を捻る。ガチャリと音がして、壁にかけられた刺繍の扉が確かな扉になった。扉が開き、お師匠様の家の漆喰を塗った白い壁ではなく、別の家の風景に繋がる。お師匠様が先に行ったから、私も足を踏み入れた。
薄緑色の漆喰を塗った壁に、黒い木で作られた窓枠や柱が映える。肌寒く感じるから、私達の家より北にあるらしい。私たちが着いたのは、玄関先のようだった。
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